40年ちかくも前のこと、私は東京都多摩地区の南部に戸建ての家を求めました。庭先からすぐ続いて、林というよりも森が大きく広がっていたからでした。野鳥の楽園とも言えそうな首都圏の中のスポットで、ことにバードウィーク前後は、朝をさまざまな小鳥たちのさえずりと一緒に迎えるようで楽しく、この時期には何年間か、録音テープを回したほどです。
開発の波
10年も経たころ、残念なことに、この森の一帯は大手の開発会社のプロジェクトにかかり、何台もの重機械のうなりとともに、あっという間に「○○台」と呼ばれる新しい街に姿を変えてしまいました。
コンクリートは私の家のすぐ近くまで迫っていましたが、ベルト状の急斜面が開発から逃れましたから、そこに生えている樹木の列が、からくも鳥たちが訪れてくれる場所として残りました。
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長い間たずさわってきた少年矯正の仕事を退官し、また、かなりの時が経ちました。夕焼けを眺めるたびに、あと何度見られるだろうと思うこの頃。
身近な生き物たちとヒトへの想いと観察を綴りたいと思います。






鍵の束についている小さなナイフの刃を出して荷造テープをなぞると、蓋を両側に弾くようにして中身が盛り上がってきました。一羽また一羽と取りだして並べてゆくと、ちょう五羽ずつの列が二本になりました。
それから何年も何年も経てこの春の終わり、私たちボランティアのフィールドの「百草分園」とでもいうべき区画の一つに居ると、一方に続いているクヌギの林の奥から、少年のころに馴染んだことのあるキツツキのドラミングが聞こえてきました。そっと踏み込んでみると、林のほぼ真ん中にクヌギと思われる一本の巨木が枯れたままそびえていましたから、さてこそと仰いで目を凝らしてみましたが、動くものはありません。くびすを返そうとしたとき、なんと、太い幹のほとんど目の高さのあたりに、見事な「アオゲラ」が取り付いているのに気が付きました。これが互いにお近づきの挨拶といった写真です。
お立ち台の上でというような、モズの風格は写真でご覧の通りです。宮本武蔵は「枯木鳴鵙図」という、モズをモチーフにした水墨画を残していますが、これは「重要文化財」に指定されているほどの出来栄えとされています。
日光の話に戻ります。観光客が買い与える餌や残し物でうるおったためらしく、まずハトが増え、そのハトのヒナやタマゴを満足に食べることができたためもあって、やがて日光の周辺にカラスが目立って増えたのだそうです。