私から見た外来野鳥始末記 「ガビチョウ」

 40年ちかくも前のこと、私は東京都多摩地区の南部に戸建ての家を求めました。庭先からすぐ続いて、林というよりも森が大きく広がっていたからでした。野鳥の楽園とも言えそうな首都圏の中のスポットで、ことにバードウィーク前後は、朝をさまざまな小鳥たちのさえずりと一緒に迎えるようで楽しく、この時期には何年間か、録音テープを回したほどです。

開発の波

 10年も経たころ、残念なことに、この森の一帯は大手の開発会社のプロジェクトにかかり、何台もの重機械のうなりとともに、あっという間に「○○台」と呼ばれる新しい街に姿を変えてしまいました。
コンクリートは私の家のすぐ近くまで迫っていましたが、ベルト状の急斜面が開発から逃れましたから、そこに生えている樹木の列が、からくも鳥たちが訪れてくれる場所として残りました。
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「カワウ」「ダイサギ」「アオサギ」たちの協同?

「カワウ」たちが集まってさかんに魚を狩っているときに、「ダイサギ」や「アオサギ」が現場の岸近くにぼんやりと立ちながら、ただ眺めているように見えることがあります。これは、「カワウに追い立てられた魚が岸の方に迷いこんでくるのを待っているのだ」というのが、おおかたの観察であるようです。私は、狩場を選んだり、魚を追い込んでゆく段階では、サギたちがもっと積極的に協同しているのではないか、というふうに見ています。

カワウだけの編隊、サギだけの編隊、両方が混じり合った編隊がある

カワウのみ、サギのみ、混成、という順で見てください。

ついで、一緒に狩場を探したり偵察したりする様子がうかがえます。 “「カワウ」「ダイサギ」「アオサギ」たちの協同?” の続きを読む

川をとりしきるかのように 「アオサギ」

「アオサギ」は、日本の水辺に繁殖する鳥のうちで最大のもので、体長95㎝近く、翼をひろげると160㎝にも達し、魚ばかりでなく、カエルやヘビ、カニ類、小鳥のヒナなども食べます。「グワァー」と吠えるように川辺を飛翔する灰色の巨体は、川をゆっくりと取り締まっているように見えることがあります。挨拶してもらいましょう。

 そろいぶみといこうか 先頭にいるのが わたしら

青というよりも灰色に印象され、現に英語圏では「灰色サギ(grey heron)」と名付けております。外国人がしばしば「どうしてあれが青(ブルー)なの」と不審がるのだそうです。英語圏でブルーといえば、スカイブルー、コバルトブルー、ネイビーブルー、プルシャンブルー、スモークブルーなどと、青みがはっきりしているものをいうのでしょう。日本では、アオサギを漢字で書くと「蒼鷺」となりますが、「蒼」とは干した草のような青みがかった灰色をいうようで、この国の人の独特な色のとらえ方でありましょう。もっとも、アオサギが飛んでいるところを前方やや上から見ると、風切り羽のブルーと肩のあたりの白のコントラストがはっきりするのですが、その角度からのショットを探してみたのですが、ひどくピントが外れてしまったものしか見当たりません。はずかしながら、説明にはなるだろうとして出しておきます。

 

そうそう ほかの鳥たちを紹介するのを忘れていました。アオサギの後にいるのが「ダイサギ」、小さめのが「コサギ」です。夏なのでコサギには可愛らしい「冠毛」というオサゲが垂れているのが分かります。そうした面々の前の水面で、顔を出したり潜ったりしている黒い群れが「カワウ」です。 “川をとりしきるかのように 「アオサギ」” の続きを読む

名前は無粋 姿は優雅 「ダイサギ」

「ダイサギ」はアオサギと並んで、サギ類ではもっとも大きく、体長90㎝、翼を広げると130㎝にもなります。大きいサギだからダイサギと呼ばれており、同じようなやり方で、他のサギたちも「チュウサギ」「コサギ」というふうに、まことに無粋に命名されております。・・・こんなことにめげずに挨拶してくれます。

ダイサギです よろしく 白鳥さんよりきれいでしょ

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心に共鳴する不思議なサエズリ 「ホオジロ」

「ホオジロの声聞けば山里ぞ恋しけれ」とは、誰であるかは忘れてしまいましたが、何世代か前の高名な詩人が望郷の気持ちを詠った詩の一節と記憶しています。詩人はホオジロの声を都会で聞いて心を揺さぶられたわけですから、ホウジロは山里にも都会にもいるというわけで、ヒトとホウジロとの微妙な距離感というようなものが、この一節だけからもうかがわれます。挨拶してもらいましょう。

わたしたちホウジロです なかよし夫婦です

ホホジロは、姿かたちはスズメに良く似ています。スズメを全体に細くきゃしゃにして、首から上の黒と白の振り分け具合をはっきりさせた感じです。挨拶してもらった夫婦では、顔のあたりの色付けがはっきりしている方がオスです。スズメとは親戚筋ですが、スズメのように集団を作っているのを見たことがありません。 “心に共鳴する不思議なサエズリ 「ホオジロ」” の続きを読む

地味でそっけなげ じっくり見ていると味がある 「ヒヨドリ」

「ヒヨドリ」は、尾が少しだけ長い分だけツグミより大きいほどの中型の鳥ですが、全体として地味な濃いグレーに印象され、名前の通り「ヒーヨ!ヒーヨ!」と甲高く鳴くこともあって、親しみを持ちやすいとはいえない野鳥だと思います。たしかに、首をかしげてこちらを見ているときなどは凄みが効いていて、「なるほど、鳥類は恐竜の子孫なんだ」と感じることがあります。挨拶してもらいます。

こんなところでどうかな わたしヒヨドリ

凄まれると引いてしまいがちですが、お気づきのように、近くにアップしてみると、意外に渋くてきれいなのです。ツグミの胸の模様をアサリに例えるなら、ヒヨドリの胸はシジミのようです。こちらの方が好みだという人も居るに違いありません。 “地味でそっけなげ じっくり見ていると味がある 「ヒヨドリ」” の続きを読む

悔恨の「ツグミ」

 何年も何年も前の話です。木曾谷に残っている中学時代のの同級生のひとりが、ある秋、平らな竹かごに詰めたマツタケを送ってくれたことがあります。
そのうちの何本かの幹の太ったところに、なかば透きとおった小さな虫が湧きはじめていました。放射線などで処理されていない証ではあります。幼い頃、蜂の子なんかを食べたことのある私から見ればなんでもないことで、ざっと洗い流し、色の変わったところをちょんちょんとくりぬいてしまえばそれで済みます。
東京育ちの妻はそうはゆかず、悲鳴を上げ、両手を握りしめて胸の前でわななかせ、あ、という間に、マツタケも香りも、それを包んでいたシダの葉も、ディスポーザーのなかに投げ入れてしまいました。

 お礼の遠い電話を入れましたが、後ろめたさが声に出たとみえて、すぐに見破られました。
「捨てちまったな」
「食べたさ」
「そうじゃねえだろ。奥さんが捨てちまったろ。え」
 歯がゆがっている友の表情が電話の向こうに見えるようでした。ちぢれた髪が耳の周囲から白くなりはじめているはずでした。
「マツタケが気に入らんならよ。ツグミをやるわ。すぐ時期のもんだ。あれには文句いわせんに」
「密猟か」
「そうよ、カスミ網だあな」
「まずいね」
「やっぱりお前はおかしくなっとる。ツグミを食えば正気にもどるに。ま、待ってろ」
 二ヶ月ばかり経ちました。真夜中を過ぎて帰ると、食卓の半分に新聞紙が敷いてあり、そのうえに縦横二十センチほどのダンボールの小包がきちんと置いてあります。コートを脱ぐ前に荷札をかえして見るなり、「やってくれたな」と思いました。

ツグミたちとの懐かしく悲しい再会

 鍵の束についている小さなナイフの刃を出して荷造テープをなぞると、蓋を両側に弾くようにして中身が盛り上がってきました。一羽また一羽と取りだして並べてゆくと、ちょう五羽ずつの列が二本になりました。
 腹の下に指をまわし、一羽を丁寧に取り上げてみました。小ぶりのハトほどの大きさがあります。クチバシ、頭、背中、翼、尾、これらはおおまかに言って濃い茶色です。目の上に、長い眉ともまがう白い線が一文字に引かれています。下の皮膚を出さないように指を添えながら腹を返してみます。喉元から肩にかけて、白いマフラーを粋に巻いているのにまず目が引かれます。それから下の胸には、黒い斑紋がそれぞれの個性にしたがって白い下地に打たれています。アサリ貝のうちにときに似たような神秘な模様が見られることがあります。 “悔恨の「ツグミ」” の続きを読む

外国からのバードウオッチャーのあこがれ 「アオゲラ」


少年のころ、ヤギのために草刈りをするというノルマを果たして背負い籠がいっぱいになると、古いダムのほとりに腰を下ろして、「あの山の向こうには何があるのだろう」と想うのがいつものことでした。テレビは白黒で画面は不安定、しかもおそろしく高価で高嶺の花・・・。
けれど、ましてケイタイも無い時代に育つことができたのは、本当に幸いだったと思います。
初夏、うっそうと枝が垂れ下がった対岸から、ウグイスのさえずりが鏡のような水面を渡って来ることがよくありました。あれほど澄みきった音色にその後に出会ったことはないと思います。そんなウグイスのさえずりに「コココココ・・・」と響くキツツキのドラミングが重なることがありました。アオゲラに挨拶してもらいます。

ケラとはキツツキのこと でも、アオゲラは特別だよ

それから何年も何年も経てこの春の終わり、私たちボランティアのフィールドの「百草分園」とでもいうべき区画の一つに居ると、一方に続いているクヌギの林の奥から、少年のころに馴染んだことのあるキツツキのドラミングが聞こえてきました。そっと踏み込んでみると、林のほぼ真ん中にクヌギと思われる一本の巨木が枯れたままそびえていましたから、さてこそと仰いで目を凝らしてみましたが、動くものはありません。くびすを返そうとしたとき、なんと、太い幹のほとんど目の高さのあたりに、見事な「アオゲラ」が取り付いているのに気が付きました。これが互いにお近づきの挨拶といった写真です。 “外国からのバードウオッチャーのあこがれ 「アオゲラ」” の続きを読む

剣豪も愛した小さなハンター 「モズ」

剣豪宮本武蔵はモズが気に入っていたようです。秋も9月の末ごろから、枝先で「キーイ、キリキリ、キリ」と鋭く高鳴きして凛々と縄張り宣言をし、スズメよりも少し大き目といった体格でありながら、あたりを睥睨しているありさまが剣豪には好ましかったのでしょう。ワシ・タカ類のようにクチバシの先が鉤状に曲がっていて、徹底した肉食のハンターであることにも共感したのかも知れません。挨拶してもらいます。

わしがモズじゃ おぬし できそうだの

お立ち台の上でというような、モズの風格は写真でご覧の通りです。宮本武蔵は「枯木鳴鵙図」という、モズをモチーフにした水墨画を残していますが、これは「重要文化財」に指定されているほどの出来栄えとされています。

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街と里山のとりしまり屋 「カラス」

数年前、日光へ短い家族旅行をしたことがあります。高名な滝や、きんきらに積み上げた建物群にはあまり感心しなかったけれど、杉並木を通り抜けながらのタクシーの運転手さんの話が印象的でした。その話の主人公はカラスです。

お呼びか 食事のジャマはまずいぜ 分かってるよな

日光の話に戻ります。観光客が買い与える餌や残し物でうるおったためらしく、まずハトが増え、そのハトのヒナやタマゴを満足に食べることができたためもあって、やがて日光の周辺にカラスが目立って増えたのだそうです。
土産物店が狙われ、きらきら光る売り物が持っていかれるようになり、ついに観光客の帽子やペンダント、とうとうイヤリングまでを狙って急降下するものが出はじめたのだそうです。カラスは光った物がなにかと好きで、そうしたものを巣に溜めこむ習性があるのです。互いに自慢しあうことすら、あるいはあるかもしれません。
観光協会などが相談のうえ、数百羽を間引いてくれるように地元の猟友会に申し入れると、「お安い御用!」という返事。ところが、いつもは平気でヒトに近づくカラスたちは、飛道具を見るとはるか遠くに離れてしまい、それでいて、クワやサオを担いでいる人の近くにはくろぐろと群れて遊びます。「散弾銃」となると、瞬時にそれと見て取って敬遠してしまうのでした。 “街と里山のとりしまり屋 「カラス」” の続きを読む