赤と黒 燕尾服 「アカゲラ」

「アカゲラ」は「ケラ」、つまりキツツキの1種です。前に紹介した「アオゲラ」と並んで、ヒヨドリほどの大きさ(24㎝)ですが、ヒヨドリの全身グレイといった印象に比べて、なつかしい小説「赤と黒」を想わせるように、この2色で大胆に装っております。いくらか標高のある環境を好むようで、このあたりでお目にかかるのに少し時間がかかりました。挨拶してもらいます。

お初 お目にかかります いっそとことんまで・・・

 桜が咲き初めたころ、落葉樹の林で「キョッ キョッ」という鋭い鳴き声が聞こえ、「ドドドド…」というドラミングを聞きました。けっこう待たされた出会いでしたが、会ってみれば、満足のゆくものでした。 “赤と黒 燕尾服 「アカゲラ」” の続きを読む

拘禁

 1968年(昭和43年)、私は府中刑務所の医務部に勤務していた。おりから学生運動の最後のたかまりがあり、多数の若者たちが逮捕され、首都圏の拘置所が満杯になったために、刑務所の「独居房」の一部が拘置区として転用されるという事態になったことがある。 “拘禁” の続きを読む

神戸連続児童殺傷事件 Ⅰ 「20年間で堆積されたもの」

1 どうして今、神戸連続児童殺傷事件か

 「神戸連続児童殺傷事件(酒鬼薔薇聖斗事件)」は1997年(平成9年)2月から5月にかけて為され、2022年春という時点で25年という歳月を経た。その間に、この事件に関して積み上げられた情報は膨大である。
 マスメディアの報道、検事調書、家裁審判決定要旨(のちに全文)、被害者遺族たちの手記、犯人の父母の手記、論評、座談、関連図書など・・・それらに加えて、とうとうというべきか、ここまでというべきか、加害者本人の匿名の手記までが加わった。 “神戸連続児童殺傷事件 Ⅰ 「20年間で堆積されたもの」” の続きを読む

神戸連続児童殺傷事件 Ⅱ 「登頂寸前からの滑落」

 当該青年の半生の軌跡の概略をたどって図にまとめてみたい。カルテに依らなくても、世に出回っている情報から辿ることのできる経過であるが、不運と悲しみにも彩られたものであると筆者には印象される。
 中央に縦に太い点線を引き下ろし、これを時間の経過とし、彼の0歳から33歳までの目盛りを付ける。

 点線の左右を彼が生活してきた場とする。左側半分は「通常の世界」。右側半分を「異常な世界(彼はしばしば黒い羊の世界、あるいは異端・以外の世界と呼ぶ)」とする。左右のどちら側にどれほど踏み込んで辿ったかという曲線の位置は、数値などで割り出したものではなく、筆者の主観によるものである。 “神戸連続児童殺傷事件 Ⅱ 「登頂寸前からの滑落」” の続きを読む

神戸連続児童殺傷事件 Ⅲ 「治療教育を可能にするもの」

1 遺伝と環境との相互作用

 両親から受け継いだ遺伝子の配列そのものは生涯を通して不変であると考えられる。ところが、例えば一卵性双生児は全く同じ遺伝子情報を持っているにもかかわらず、一方が統合失調症を発症したら相方も100%発病するかというと、これがそうではない。50%ほどは発病しないという事実がかなり前から知られている。遺伝子が生物を規定する力は強大であるけれども、必ずしも運命を決定するものではなく、環境が作用するところも大きいことをはっきり示している。
 「遺伝か環境か」という問いの溝を埋める「エピジェネティクス」と呼ばれるメカニズムが次第に明らかにされてきている。遺伝子は身体の設計図とも言えようが、突然変異のように設計図そのものを変えるのではなく、いわば図の上にフィルターを掛けたり外したりすることで、遺伝情報の発現を柔軟精緻にオンにしたりオフにしたりするシステムが私たちには備わっている。食事や運動の蓄積はもとより、経験や意欲の違いによってコントロールの調子が変化し、遺伝情報を見える化したりしなかったり、つまり表出のありようが変わって来ることが、分子レベルで確かめられつつある。 “神戸連続児童殺傷事件 Ⅲ 「治療教育を可能にするもの」” の続きを読む

神戸連続児童殺傷事件 Ⅳ 「行為障害」

1 不運なとりあわせ

 この事案に迫ってゆくためのキーワードは次の三つである。「行為障害」「性的サディズム障害」「愛着の問題」。
 どの一つをとっても対応や治療、そして教育に大きな困難をともなうものであるうえに、これらが三つ巴をなすように入り組んでいる。それぞれに、どういうところが生来の機能障害の存在を思わせるか、どういうあたりに生育環境が絡んできていると捉えられるだろうか。
 ひとつの不運な波が先行し、その上に後発のものが追い付いては重なることで高さを増し、ついに波の頂上が崩れ落ちる。そんな成り行きが映像的に想われる。 “神戸連続児童殺傷事件 Ⅳ 「行為障害」” の続きを読む

神戸連続児童殺傷事件 Ⅴ 「性的サディズム障害」

1 サディズム・マゾヒズム

 ・生命体と性
 性は、攻撃と支配ということに密接に関係している。
この惑星の生命体は、その誕生以来長い間(およそ38億年前に生命が誕生してから現在までの距離を仮に100㎝とすると、はじめの50㎝ほどの間)は無性生殖であり、自分の遺伝子をそのまま子孫に伝えること、つまりクローンを作るというのが繁殖の仕方だった。それでも遺伝子の突然変異というものはほぼ一定の確率で起こり、ゆっくりとではあったが進化は積み上げられた。
 やがて生命たちの多くは、有性生殖というやり方を選択することになる。父と母それぞれが自分の遺伝子を二つに分裂させ、その片方ずつを再び一つに接合して子供に伝えるというやり方である。そうした操作はかなり微妙であるので遺伝子に変化を与える率は大きくなり、それだけに子孫に形態のレベルの変容をもたらしやすく、環境の変化に耐えて生き延びられる子孫を準備する多様性の確率が高くなった。その上に自然淘汰が働くことで、進化は格段に加速された。有性生殖というシステムのもとで自分の種を繁栄させるためには、良い伴侶と結ばれることが決定的に大切なこととなってゆく。 “神戸連続児童殺傷事件 Ⅴ 「性的サディズム障害」” の続きを読む

神戸連続児童殺傷事件 Ⅵ 「愛着の問題」

1 愛着障害について

 ・母と子の無数のとりあわせ
 「愛着」とは、生まれてからのちに獲得される、親と子の間の基本的な絆の持ち方をいい、「安定型」と「不安定型」に大きく分けられるが、驚くべきことにそのタイプは生後1年6ヶ月ほどの間に決定され、それからの対人関係一般のありように影響し、しかも生涯の長くにわたって持続するという。「第二の遺伝子」とすら呼ばれることがある。
 人類史上、それこそ数えきれない子供たちが親(多くは母親であろうが、必ずしも遺伝上の親ではない)に育てられてきた。親と子は、互いにさまざまな素質を持ち、さまざまな状況の下にあったであろう。どのような赤子がどのような親と組み合わされることになったかは、まさに運命的であり、それぞれが一期一会であった。
 もとより完全な子育てというものはあり得ないとはいうものの、なんと数多くのヒトがまともに育ってきたものだろう。生物的には母親は、他の哺乳動物と同じように、分娩時に愛情ホルモンとも呼ばれることのある「オキシトシン」というホルモンが脳下垂体から分泌され、いわゆる母性が刺激されて「我が子がいとしい」という気持ちがにわかに高まるという仕組みになっている。これが大きく作用を及ぼしているのかも知れない。 “神戸連続児童殺傷事件 Ⅵ 「愛着の問題」” の続きを読む

神戸連続児童殺傷事件 Ⅶ 「湖のイメージから」

1 黒い湖

 目の前に、黒い水をたたえた湖が広がっているとイメージしてみる。図に示した、上から2番目がそれである。
この湖には第2章で述べた3本の沢が注ぎ込んでいるとする。

 ・青い沢 =「行為障害」
 ・黄色い沢=「性的サディズム障害」
 ・赤い沢 =「愛着の問題」 “神戸連続児童殺傷事件 Ⅶ 「湖のイメージから」” の続きを読む

神戸連続児童殺傷事件 Ⅷ 「処遇効果の全体的把握」

 処遇効果の全体的把握

 この事案に限ってのことではない。処遇の経過を縦断的に捉えようとする補助の一つとして、様々な場面での少年の表出を節目節目に、できるだけ多くの教官に評価してもらい、それをレーダーチャート様のものにまとめてみることがある。陶芸や板画などの作品に表れる変化と照合すると参考になる。
 図に見るように、11の項目を、あらかじめヒントとして挙げてある留意点を参考にして10段階で評価し、12番目に全体の平均点を出すようにしてある。もちろん、ここに例示したレーダーチャートは当該少年のものではない。 “神戸連続児童殺傷事件 Ⅷ 「処遇効果の全体的把握」” の続きを読む