神戸連続児童殺傷事件 Ⅰ 「20年間で堆積されたもの」

1 どうして今、神戸連続児童殺傷事件か

 「神戸連続児童殺傷事件(酒鬼薔薇聖斗事件)」は1997年(平成9年)2月から5月にかけて為され、2022年春という時点で25年という歳月を経た。その間に、この事件に関して積み上げられた情報は膨大である。
 マスメディアの報道、検事調書、家裁審判決定要旨(のちに全文)、被害者遺族たちの手記、犯人の父母の手記、論評、座談、関連図書など・・・それらに加えて、とうとうというべきか、ここまでというべきか、加害者本人の匿名の手記までが加わった。
 神戸連続児童殺傷事件は、鳥肌が立つほどに陰惨である。しかし、その根底に、本質的に共通する問題が横たわっている重大非行事案は戦前戦後を通じて散発しているにもかかわらず、この事件が突出して扱われたのはどうしてであろう。
 犯人である元少年は、いわゆる「情報の時代」に育っており、マスメディアを刺激する表出のコツ(あえて言えば才能)を備えていたという一面があることは否めないであろう。加えてこれも時代の風潮とでもいうべきか、本来、「少年法は少年法たるべし」に基づいて慎重に配慮されるべき「検事調書」と「家庭裁判所審判決定書」が、どういう手続きでなされた判断なのか、そのままの形で有力月刊誌上に生々しく開示されたこともマスメディアを一層興奮させ、社会を震撼させることになった。

 あふれる報道は当初から、『この不安定な時代に、とんでもない親に育てられて、魔物のような少年が世に放たれた』とまとめられるもので、「そのようなものは変わるはずがない」といった前提のもと、マンハントさながらに間断なく追跡し、刺激し続けておいて、「やっぱりそうだった」と決めつけるパターンの繰り返しであったと言えそうである。そのようにすることが社会の思いを代弁する全くの正義であるかのように、ほとんど絶えることなく、マスメディアは新たな不安と不信を吹き出し続けた。
 事件後20年(2017)という節目に出された結論らしきものもそういうことであった。ここに、新聞報道の一部の写真を挙げておくが、「矯正教育は失敗だった」と大きく読めるとおりである。

 どうしてこのようなまとめ方になってしまったのか。その大きな理由の一つとして、マスコミが判断の材料とする情報の量が、その出所によって著しく凹凸があったという事情があるであろう。
 犯罪というものは、社会に始まり社会に終わる。その発生、裁定、処遇、社会復帰、当事者関係の修復までを一つの連続した円環として理解されるべきであり、そうした堆積があってこそ、これからも必ず発生する類似の犯罪に向けての予防や対応の在りようが発展するものであろう。そのようにしてこそ、社会は成熟してゆかなければならない。
 神戸連続児童殺傷事件の場合、発生、裁定、処遇、社会復帰、当事者関係の修復、という円環のほとんど中央に置かれている「矯正施設における処遇経過」についての報告と説明が断層のように抜け落ちているために、それがさまざまな憶測を生んで事態を分かり難くしてしまっている一面があるであろう。
「なにをどのようにしてどういう結果を得たのか、検事調書や家裁審判と同等レベルの説明がないのであれば、臆測するより仕方がないではないか」ということになる。

2 それでも、「治療教育の経過」「カルテ」を開示することはできない。

 筆者は37年間を矯正医官として過ごし、最後を医療少年院長として当該少年の治療と教育にたずさわった。正当な理由がない時には、どのような事案についても、具体的な治療教育の経過については一貫して口を閉ざしてきた。次のような理由からである。

 第一に、治療教育というものは、「人はその信じるものからのみ学ぶ」という原則が当てはまるようになった瞬間を得て、ようやく有効に作用を始めるものである。つまり、教育を施そうとする側と受ける側との間に信頼関係を醸成することができなければ、プラスの方向のものは何も生まれない。
 出会いの当初は例外なく、対象は手錠をはめられた上に捕縄で身体の動きを制約されており、それを受け取る側も、高い塀を巡らした上に施錠だらけである。「不信」というものを絵にしたらこうもなろうかという状況。マイナスに向っているベクトルから処遇を始めなければならない。そうした中から「信頼」という命綱を見い出し、それにすがり付いてやり直しを試みることができるまでになった者(少年)は勇気が無いとはいえない。
そうした事案に対しては、目覚めさせることのできた「人に対する信頼感」を守ってやる必要と価値がある。社会復帰を果たしてからはなおさら、「信頼」は確かに続いていることを示し続ける必要がある。治療教育という処遇が捜査や裁定と違うところは、実にこの点にある。

 施設内処遇が見るべき効果をあげたにしても、世の全ての事象と同じように、もとより完全ということはあり得ない。社会に戻された存在は常に揺れ動く。そのようなとき、信頼の下でこそ心を開いたことがらが筒抜けで開示されたのでは、頭をもたげてくる不安が当該の者の対人信頼感と安定を揺るがしてしまう。
 第二に、類似の非行事案は、過去も、現在も、そしてこれからも必ず発生する。過去に治療教育を受けた少年少女たちも、これから入院してくる対象者たちも、生きるためにすがりつける最後の柱になっているプライバシーが保てないとすれば、それだけ構えを堅くするであろう。少年矯正のこれからのありようの全体に大きく影響することである・・・。
 教育側であれ医療側であれ、こうした考え方に異を唱える臨床職員は一人もいなかった。

3 言わなければならないことがあるのではないか。

 とりわけここ20年ほどで、時代と社会はかなりの速さで不安という霧のようなものに覆われつつあるように筆者には感じられる。
 この国の社会は世界でもトップクラスに安全であるというのが実態であるにもかかわらず、治安は悪化しつつあるという不安を感じるとする人の率が高く、実態よりも不安というムードが先行するようになってきている。
 内閣府の「子ども・若者白書」などによっても確かめられることであるが、自信に不足し、将来を悲観し、恋愛や結婚を避け、自分を取り巻く世界を小さくまとめようとする若者たちが増えてゆきつつある。10代の死因の1位は自殺であるまでになってしまった。
 社会のムードに押し上げられるようにして、この期間に少年法は厳罰化の方向で4回にわたって改訂され、14歳以上は刑事処分可能とされ、教育よりも刑罰が選択される傾向が増している。
 このような流れに、たとえば先にあげた「矯正教育は失敗だった」といった一刀両断が多少とも影響を与えているとするならば、筆者の思いは揺れる。カルテの開示なしでも、これまで社会に発信されている情報の山をまとめることで、「治療教育の実践は見るべき成果を上げ、元少年を引き継いだ社会も、もう少しのところで、最上のソフトランディングを成功させるところだった」といった実態を明らかにできるのではないだろうか。それが少しでも受け入れられれば、現在の社会の風潮にも、「少年矯正は消滅しつつある」という危機感を抱く現場の職員たちにとっても、この種のことに生涯を費やした筆者の自負にとっても、幸いなことである。ささやかであったにしても・・・。

4 事件まもなくから明らかにされていた、元少年の三つの特性

 事件後まもなく、家庭裁判所審判決定要旨が公にされた時からすでに公にされていた。「神戸連続児童殺傷事件」に責任のある少年の特性は、『行為障害』『性的サディズム障害』『愛着の問題』の三つである。
 少年の中でこれら三つの要因がどのように生じ、どのように混じり合いながら、どのように発展していったかを、公にされている資料からまとめたい。暴発に至ってしまった少年を、どのように治療教育することが出来るだろうかを考えたい。
 そして、6年半にわたった治療教育の後に社会に復帰した当人が、どのような生活を送ったかを要約したい。処遇経過のこまやかな説明よりも、こちらの方が、社会での実践として、客観的な強さを持っているとも言えるのである。

投稿者: ロウボウ

長い間たずさわってきた少年矯正の仕事を退官し、また、かなりの時が経ちました。夕焼けを眺めるたびに、あと何度見られるだろうと思うこの頃。 身近な生き物たちとヒトへの想いと観察を綴りたいと思います。

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