私がボールを投げられないわけ


その頃(昭和30年代)、フィールド競技で使われる「ヤリ」は一本の木を削り上げて作られたもので、上手に投げて、正しく飛んで、金属のキャップを被せられた先端から土に刺さらないと、折れてしまうということがあった。少なくとも、私たち学生が手に入れることが出来る質のものではそういうことがあった。

 私は陸上部に属していたが、トラック競技はからきしダメ。といって、フィールド競技の投擲なども苦手。部活は勝手にぶらぶらできる気晴らしの時間と考えていた。
 ところが、その年にも「東日本医科学生陸上競技大会」というのが新潟市の「白山公園」のグラウンドで催されるという通知が私たちの陸上部にも届いたときに、「槍投げ」と「円盤投げ」参加する者として、主将(同級生)が勝手に私の名前を書き入れてしまった。日頃、「ヤリには絶対に手を触れるな!1日で折られちゃうからな」ときつく言っていたのに、どういうことだったのだろう・・・。この同級生は、皆から「あいつは出世するぜ」とよく噂されていた。案の定、やがて医学部長になり、さらに学長になって大きな勲章をもらった。私に使ったような手を繰り返したものに違いない。 “私がボールを投げられないわけ” の続きを読む

水無様 愛嬌たっぷりな女神様のお話


信州木曽町の氏神は女神様で「水無様」と呼ばれております。

 木曾川に沿って並んでいる家々から急な坂を登って山に入り、さらに北に向かって開かれている山道を行くと、杉や檜の巨木がうっそうと繁った鎮守の森があります。二頭の狛犬と、落し水にいつも濡れながら爪の中に硬玉をかかげている竜を門番にして、女神様はここに住んでおられます。霊気に満ちた結構なお住まいを「水無神社」といいます。

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切れ易いヒト+車+高速=移動地獄

1馬力

 少年だった頃、私は兄たちと一緒に1頭の馬を飼わされたことがある。敗戦後の食糧難を乗り越えるためには、子供たちを一丸として農作業に当たらしめるのが上策であるとう父の思い付きからである。
 この馬がひとたび暴れ出すと、私たちには命がけであった。騎乗しているときに暴れられたら、一緒に砕ける覚悟で屏風のように立ちふさがっている崖に向えと教えられた。1馬力でさえこれである。
 馬と自動車については、「人の正体」というカテゴリーの中で「大きな異常に何時しか流されて・・・」「馬に嚙まれて川また川を渡る」などという記事に書いたことがあるけれど・・・

60馬力

 この頃の車は軽自動車でさえ60馬力ほどのエンジンを搭載している。ハンドルの前に60頭の馬が黒々と密集して自分を牽引している光景を想像する。馬蹄の響きや汗の臭いだけでも怖ろしい。策具で繋がれた60頭の馬が学童の列に暴れ込んだとする。たくさんの子供たちが犠牲になるのは当たり前であろう。 “切れ易いヒト+車+高速=移動地獄” の続きを読む

空に心を遊ばせる


野鳥を観察しようとしていると上に視線が向くことが多くなり、たとえば、はるか上空を行く旅客機などはうっとうしく感じるほど頻繁に目に入って来るものです。雲がそれよりも多くなるのは言うまでもありません。

不定形のものを見たとき「何かに似ているのでは?」という思いが湧くのは、私たちの本能ではないかと思うことがあります。ヒトの正体の一つは、物事の共通点を探し出しては分類したり意味づけをしたりすることでしょうから。

それこそ「そっくりさん」の雲がウェブ上のサイトなどに載せられていることがあります。ところがたとえば、火炎を噴き上げている「ゴジラ」の姿そのものに盛り上がっている入道雲などを見ると「え、ほんと、怖い」とちょっと引いてしまいたくなるのは、私だけではないだろうと思います。 “空に心を遊ばせる” の続きを読む

Z旗と私のX旗

 最近、かつてヨットに親しんだという一人の老人がエッセイに書いていた。大型台風が近づくと、自作の「Z旗」を庭のポールに掲げ、家を点検し、そこかしこを固縛して回るという。Z(後がない)にあやかって、もうひとつ踏ん張ってやろうというのであろう。
 あの東郷平八郎提督の檄は、いまもなお、広く人々にやる気を吹き込んでいるのだなと思った。そういえば「ふうてんの寅さん」も「・・・いつかお前も喜ぶような 偉い兄貴になりたくて 奮励努力の甲斐もなく…」と歌っている。 “Z旗と私のX旗” の続きを読む

頭が高いのではありません 「カシラダカ」

 頭が高いのではありません。気が張ると冠羽が三角に立ち上がるのです。それで「カシラダカ」。

お初にお目にかかります 緊張すると毛がつっと立つのです

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ご一緒しましょ エナガ・シジュウカラ・コゲラの混群

 生物の中には、種類の違うもの同士が混じり合って行動することがあり、「混群」と呼ばれています。
 野鳥にもしばしば観られ、私になじみ深いのは、「エナガ・シジュウカラ・コゲラ+α」の混群です。ヤマガラやメジロが加わることがあるのをαで示しています。ああ、「カワウ・ダイサギ・アオサギ・コサギ+α」というのもおなじみなものでした。このときのαというのはカラスです。
 ここでは先ず、小鳥たちの混群について観ることにします。

危険を感知する能力を上げるために

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このところ失地回復中か 「オナガ」

 「オナガ」は全長40㎝近くありますが、名前の由来の通り、尾がたいそう長いので、身体だけの大きさはムクドリぐらいです。
 頭に黒いスイミングキャップを被っているように見えるほかは、全体にくすんだ水色に印象され、尾をなびかせるようにして枝を縫って飛ぶ様子はスマートで舞うように感じられ、ほかの野鳥との区別は容易です。
 スマートさに似合わず「ギューィ ゲーイ ギー」などと鳴きかわすので、姿とはちぐはぐな感じがしますが、声からも察しられるように、カラスの親戚なのです。

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残り柿に来る鳥たち

 今年、平成最後の秋は柿の実りに恵まれました。全国的にそうであったかは分かりませんが、東京都多摩地方では、誰に尋ねてもそのとおりだとのことでした。
 取り残された柿や、あるいはまったく手も付けられなかった柿が、そこかしこに目立ちました。そういう柿を勝手ながら、「残り柿」と呼ぶことにしました。
 里山に集まる野鳥たち、果物を好む鳥たちは殊に、晩秋まで楽しむことができたはずです。

あかあかと柿の実照らす夕日かな
へだてなく野鳥を呼んで残り柿
ヒヨドリの主人顔なれ残り柿

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みんなでグルグル 食事の時間 「ハシビロガモ」Ⅰ

 漢字では「嘴広鴨」、英語では「shoveler」。そのとおり、クチバシが長くてシャベルのように広がっていることから「ハシビロガモ」と呼ばれるようになりました。
 50㎝ほどの大きさでマガモよりもいくらか小型。雑食性で、プランクトン、昆虫、種子、魚などを広く食べるために、けっこうに淀んで栄養の良すぎるような都会の池にも飛来し、東京都区内でも、新宿御苑や皇居の濠などで見られます。

カモのなかでも色目の美しい鳥

 てんでに横並びしているところを見てみましょう。オスは頭から頸にかけて光沢のある深い緑色、クチバシは黒く、胸から腹は白、脇腹は赤味のある茶色で、羽を広げるとさらに鮮やかなエメラルド色が目に付きます。 “みんなでグルグル 食事の時間 「ハシビロガモ」Ⅰ” の続きを読む