ヤマガラがシジュウカラ用の巣箱に目を付ける
この春に「シジュウカラ ヤマガラ 賢さ比べ」という記事を書きました。
野や山に食べ物が少ない時期に、いつもよりも多めにヒマワリの種子などを庭に置いたせいでしょう。普段、いくらか人家から離れて棲息しているヤマガラがこの春は頻繁に訪れてくれたものでした。
そんな或る時、庭にあつらえてあるシジュウカラ専用のものと思い込んでいた巣箱に、一羽のヤマガラが取り付いてしきりに中を覗き込んでいるのを見ました。思えばこれが「今年はここで子育てをするぞぅ」というツバツケだったのです。こうしたことでは、シジュウカラよりもヤマガラの方が押しが効くようです。
ヤマガラ 最初に巣箱を使う
しばらく経ってからの様子は動画にご覧の通りです。編集のために出入りが短縮されていますが、小鳥たちの巣作りと子育てはせわしないものです。

雛たちに餌を運んで来て、再び巣穴から頭を出した時に、嘴に真っ白な物を銜えていることがしばしばあります。清潔を保つために雛たちの糞を運び出しているもので、これが真っ白なのは子供たちが健康に育っている証なのです。


そのうちに、巣箱の下に立つと、雛たちの鳴き声が聞こえるようになりました。互いにふざけ合っているような楽し気な調子です。戻ってきた親が近くの枝から一括するとぴたりと静かになるのですが、雛たちは長いあいだ口を閉ざしているのが難しいようでした。
巣立ちが近いと私は踏み、驚かして申し訳ないけれど、次の朝にも雛たちの様子をカメラに残したいと目論みました。その早朝、巣箱に作り付けてある窓を開いてみると・・・一日違いでもぬけの殻でした。してやられました。ヤマガラの方が賢かったのです。
ミズゴケを主材にした厚い巣をきれいに掻きだして、次のシーズンを待つことにしました。
シジュウカラが続いて巣箱を使う
ところが季節を相当にずれ込んでしまっているものの、シジュウカラの夫婦が同じ巣箱で子育てを始めました。

なんだかドスの効いたペアで、初夏近くということもあってか、大きめな餌を運んできます。未だ成虫には成り切っていないとはいえ、黄色いカマキリ、緑色のカマキリを持ち帰って来た時には、こんなものを雛に食べさせて良いものだろうかと心配になりました。



巣立ち直前の巣箱の中の様子はこのようです。なるほど、カマキリの子供ぐらいは平気で食べられそうです。
そして無事に巣立った幼鳥の様子です。
ヤマガラもシジュウカラもまたのシーズンに。
長い間たずさわってきた少年矯正の仕事を退官し、また、かなりの時が経ちました。夕焼けを眺めるたびに、あと何度見られるだろうと思うこの頃。
身近な生き物たちとヒトへの想いと観察を綴りたいと思います。
わたしも20年ほど自分で巣箱をつくって掛け続けてます トータル40個ほど 毎年6個前後の巣箱にヤマガラ、シジュウカラが子育てしてます 産卵から巣立ちまで写真をとりパソコンに残してます 1個の巣箱で6羽前後巣だってるのでかれこれ720羽ほど放鳥したことになります 朽果てた巣箱を新しく作るのも楽しいです いまはベランダにペットボトルにひまわりの種をいれて嘴でつついて取り出せるエサ箱を設置してます 雨でも訪ねてきます
ヒマワリの種取り出し口は1個づつなのでちゃんと順番待ちして運び出します
貯食行動で種をいろんな場所に隠します 土に埋めるのはもちろんですが枯れ木の割れ目からヒマワリが発芽してたのには驚きました
俳句、短歌作りも趣味なので、先頃ヤマガラを題材にして一句つくって高評価いただきました
ヤマガラが
雨にも負けず
デリバリー
川柳でも面白いと高評価でした
多くのコメントを誠に有難うございます。
「・・・朽ち果てた巣箱を新しく作るのも楽しいです・・・」という表現に、長く続いている野鳥への優しさが凝縮されて感じられます。
ちょっと手を入れると、素敵な俳句や短歌になりそうです。
一番のお気に入りはヤマガラのようですね。
これからも、野鳥たちをよろしくお願いいたします。
何時までもご健勝で!
ロウボウ先生
はじめまして。楽しみにブログを拝読させて頂いております。
勤務の関係で、かつて信州に1年程で暮らした事があり、先生のブログから様々な情景が思い出として蘇って参ります。
鳥の世界も、人間の世界も、子育ては本当に大変ですね。鳥の親も、子を育てるのに一生懸命だという事が伝わって来ました。人間と似ているなと思うと同時に、人間の親子では、そう簡単には行かない複雑さもあり、色々思いを巡らせます。
私事なのですが、少年院の非常勤講師(音楽教員)として、義務教育課程音楽科の授業を受け持っています。少年院、医療少年院の2カ所で授業を担当しております。長い時間は掛かりますが、芸術を通して彼等の中に情操の芽が芽生えて来る瞬間、喜びと人間性回復の可能性を感じます。同時に、その逆の思い、難しさを感じる時もあります。
小鳥の親が雛に様々なものを与え、適切な養育を行うのと同じ様に、我々大人が少年達に愛情を持って、関わり合って行く事が大切だと感じつつ、少年院の芸術教育に携わって行きたいと思います。
少年院で音楽の非常勤講師をなさってくださっていると・・・有難うございます。
非行を犯した少年少女たちは、自分や周囲や社会に対して、例外なく、間違った捉えようや認識を固めてしまっているが故に少年院に収容されて来ているわけですが、それを修正するためには「人はその信頼するものからのみ学ぶ」という命題の通り、24時間を全人格的に接している法務教官との間に信頼関係を作り上げることが必須です。
そのきっかけは、ちょっとしたことから芽生えることを私は幾つも見てきました。・・・入院直後で緊張と反抗状態にある少年を、或る教官が中庭に連れ出してへとへとになるまで相撲を取り、二人して芝に寝転んで空を見上げた。その時共感が芽生え、それを注意深く育てて処遇全般に乗せることができた・・・ある少年が「チリ紙が足らなくなりました」と申し出て来た時、「みんな同じに配っているんだ」とはせず、「どうして君だけが足らなくなったんだろうな。まあ、ゆっくり考えよう。とりあえずこれだけでいいかな」と対応した瞬間に教官との間に信頼関係が芽生えた・・・等々です。
まして、貴方がなさってくれている情操への働き掛けは、そのような「きっかけ」の宝箱でありましょう。
これからもどうぞよろしくお願い致します。
ロウボウ先生
メッセージを有難う御座います。
そして、貴重なお話をお聞かせ下さり、有難う御座います。
少年1人ひとりと向かい合う教官の先生方の全人格的な関わり合い、その上に成り立つ信頼関係について、改めて深く思いをいたしております。
少年院の非常勤の教員をさせて頂く中で、私は、「少年達に先生にさせてもらっているのかも知れない」と思う事が度々あります。教えるというよりも、少年達から教えられる事、その姿から学ぶ事の方が多くあります。
月2回の限られた音楽科授業ですが、「先生の音楽の授業を楽しみに待っています」という言葉に背中を押されて、明日も少年院の教壇に立ちます。
鉄格子の嵌った少年院の教室からは眼下に海が見えるのですが、その海を見ながら、ピアノでショパンやシューマンを弾きます。そして、ピアノを聴かせながら、少年達に絵を描いてもらったり、お花を生けてもらったり、詩を書いてもらったりしています。夏になると実家で採れた大きな伊勢海老を少年院に持って行き、自作のピアノ組曲『伊勢海老』を演奏しながら、伊勢海老を少年達に触ってもらったりもします。少年達の表情がパッと変わる瞬間があります。間接的にではありますが、芸術を通して少年達の繊細な内面や細やかな感受性を知る時、少年達の可能性を感じます。
芸術科の非常勤教員として、出来る事は小さいかも知れませんが、少年達の柔らかで温かな心を育む何かのきっかけのひとつになれたら、と思いつつ、少年院の教壇に立っています。
・・・ピアノを聴かせながら、少年達に絵を描いてもらったり、お花を生けてもらったり、詩を書いてもらったり・・・
素晴らしいですね!
ご実家で採れた大きな伊勢海老、絵、花、詩と続きますから、感動ものです。
眼下に海が見えるというと、まず浮かぶのは久里浜少年院(伊勢海老というのもうなずけます)ですが、とすると、なお手応えは大きかろうと推察します。
いずれにいたしましても、これからもよろしくお願い致します。