馬に噛まれて・・・川また川を渡る

 馬‥・これに私は二度噛まれ、一度振り落とされ、一度蹴り上げられたことがある。
 一歳半ころ、ネエヤに背負われて街道に出ると、ちょうど一頭のふとぶととした運送馬が荷車につながれたまま飼葉を食べていた。「ほら、おうまちゃんよう」とネエヤが背中をねじると、カボチャのような私の頭が運送馬のほうに振り出された。馬は付き合っている気分ではなかったらしい。麻雀のパイのような前歯が私の額の真ん中に当てられ、四角く皮膚がめくれてずいぶん血が出たそうだ。これはいくらなんでも憶えていない。
 八歳のとき、仲間と木曽馬の馬市に遊びに行って、度胸試しのつもりをやった。仮の囲いと囲いのあいだを駆け抜けるのである。馬たちが両方からずらりと首をだして、丸太をカヌーのようにくりぬいた桶からボクリボクリと飼葉を食んでいた。 “馬に噛まれて・・・川また川を渡る” の続きを読む

子犬のケン

             
  〽総攻撃の命くだり
   三軍の意気天を衝く
   目醒めがちなる敵兵の
   胆驚かす秋の風
   ・・・・・
   トテーッ!
   やい、有象無象!

 乱れがちなる父の足音が、大きなだみ声ともつれあって石段を降りてきた。私が小学校二年生のころの秋の夕辺。歌は日露戦争当時の古い軍歌。父が酔ったときによく歌っていたが、正確かどうかは分からない。「トテー、やい、有象無象」というのは、父の即興の合いの手。
 ガラガラと大気を裂いて落下してくる敵の砲弾が至近であるのを知って、私はすばやく草履をつっかけ、台所から庭のほうへ避難しようとした。が、酔っ払いというものはいつでも変なところに冴えているもので、この時も父の目はすでに私の動きを捕捉しており、すかさず浴びせてきた。
「そこな、待てい。トテーッ! やい、有象無象!」
 有象無象というのは何であるか、後になってだいたい分かるようになった。もうひとつの合いの手「トテーッ!」の方は、いまになっても何のことか分からない。 “子犬のケン” の続きを読む

首振りエンジン始末記

 中学一年の夏休み、兄の一人が東京の土産に「首振りエンジン」という玩具を買ってきて来てくれたことがあった。真鍮で造られたごく小型のスチームエンジンで、一人前に安全弁の付いたボイラーと、小指の先ほどのシリンダー部分との二つから組み立てられていた。原理は蒸気機関車に付けられているのと全く同じなのだが、この小型の原動機のシリンダーは、いやいやをするように左右に揺りながら勢車(はずみぐるま)をまわすので、「首振りエンジン」と呼ばれる。ぎりぎりまで簡素に工夫された実に愛くるしい機関である。
 これを搭載するにふさわしいものとして、私は船を造ることにした。幅十六センチ、長さ六十センチもの大船を設計し、「信濃」と名づけ、波を蹴散らして進む勇姿を想像しながら一週間ほどは無我夢中だった。ブリキ板を三十センチもある装甲鉄板にみたてて、手を傷だらけにしながらハンダ付けをした。機関部を取り付ける際には、上級の技師を買ってでている兄に厳しく監督された。 “首振りエンジン始末記” の続きを読む

冬の半魚人

 中学二年の晩秋の夕暮。私たちは一列縦隊になって山道を走っていた。まず足腰を鍛えようという野球クラブの訓練で、学校から出て「黒川渡ダム」をひとまわりして帰ってくるというのが定番のコースだった。なるほど、木の根や石ころをうまく避けて走ることは野球のためにもわるくないトレーニングだったろう。急な坂をのぼりつめると、こんどは木の間越しに黒い水面を透かしながらの下り坂が続いた。私たちは勢いづいて駆け下りにかかった。
 「なんだ!」
 先頭を引き受けていた先生がいきなり立ちすくんだので、全員がたたらを踏んで追突をくりかえし、斜面から落ちかかった者もいるほどの混乱となった。

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川に生きる 「コイ」

 いきなりですが、下の写真の正体は何だと思いますか?
 大洋の中で、息継ぎをしているクジラかシャチのように見えませんか。 “川に生きる 「コイ」” の続きを読む

防毒面

        
 こんなことがあってから60年以上が経ってしまっている。
大学1年の夏休み、私は木曾谷に帰っていたが、かつての同級生に学生などと付き合っている暇があるわけもなく、ひとりで夏の時間をもてあまし気味になっていた。
 ある午後、土蔵のひとつにもぐり込んであたりを掻き回していると、戦時中に配給されたものか買わされたものか、「〇〇年式防毒面」というのが出てきた。防毒面というのはガスマスクの古い呼び方である。
 帆布に厚く生ゴムがかけられ、前面に円形の厚いガラスがメガネほどの間隔ではめ込まれており、その下に鼻のための小さな隆起があり、さらにその下はカッパの口のように尖っていた。尖った先が捻じ込み式になっていて、半リットルほどの缶を装着するようになっていた。缶の中身は活性炭が主成分であるらしい。おそるおそる面を頭から被ってみると、顔が締め付けられるように張り付いてきた。次いで、缶の底にはめ込まれているゴム栓を抜いてみると、相当の抵抗があったがカビ臭い空気を吸い込めた。ゴム栓を元どおりにはめ込むと、ぴたりと呼吸ができなくなる。製作されてから二十年ちかくを経ているはずでいながら、なお気密性というか密着性は保たれていた・・・。 “防毒面” の続きを読む

「アユ」の遡上を巡る宴 Ⅰ 「ダイサギ」編

 初夏を迎えると、多摩川にも「アユ」の遡上が始まり、それも、今年は45万匹にも達すると推測されているそうです。
 アユは水鳥たちにとってもご馳走ですから、この時期には「ダイサギ」「アオサギ」「ウ」「コサギ」たちは躍動します。それに「カラス」たちも、どうにかしてあやかれないものかと躍起になるようです。
 「水鳥たちの宴」は、5月中・下旬から6月上旬にかけての早朝に観たもので、季節が進むにつれてアユも成長するのが分かります。けれど、こんなに間引きされてしまって大丈夫なのでしょうか。
 役者が全部そろって大宴会になることもありますが、Ⅰ〜Ⅵまでに分け、先ずは「ダイサギ」の様子から、個別に見てみます。 “「アユ」の遡上を巡る宴 Ⅰ 「ダイサギ」編” の続きを読む

「アユ」の遡上を巡る宴 Ⅱ 「アオサギ」編

 「アオサギ」は大型であるだけに、普段あまり活発で軽快な印象を受けません。けれど、アユの遡上の時期などには、その目付きからして精悍さを増すようです。

集中そしてゲット

 アユは、ところどころに生じる激流をものとせずに上流へ上流へと遡上しますが、きらめいてちらつく、その魚影を捕えようとアオサギが全身で集中する様子には、なるほど鳥類が直結する祖先は恐竜なのだなと納得させられるものがあります。 “「アユ」の遡上を巡る宴 Ⅱ 「アオサギ」編” の続きを読む

「アユ」の遡上を巡る宴 Ⅲ 「コサギ」編

コサギ」は名前の通り、ダイサギやアオサギよりも二回りほども小型で、夏には弁髪のように垂れ下がった飾り羽と、黄色の靴下を履いたような足先が目立ちます。動きは軽快です。

浅瀬であちらこちら

 激しい急流に挑むというようなことは苦手なようで、比較的おだやかな浅瀬などで、自分のサイズに会った子魚を機敏に追いまわす姿が印象的です。 “「アユ」の遡上を巡る宴 Ⅲ 「コサギ」編” の続きを読む

「アユ」の遡上を巡る宴 Ⅳ 「カワウ」編

カワウ」は、一見では黒っぽいだけで素っ気ない鳥に見えます。けれど、集団行動が良くシンクロナイズされており、飛翔するときは流れるようにきれいな列を作り、川で漁をするときも、誰が掛け声をかけているのだろうと思われるほどに、そろって展開したり集合したりして、気持ちが良いものです。 “「アユ」の遡上を巡る宴 Ⅳ 「カワウ」編” の続きを読む