「カワウ」たちが集まってさかんに魚を狩っているときに、「ダイサギ」や「アオサギ」が現場の岸近くにぼんやりと立ちながら、ただ眺めているように見えることがあります。これは、「カワウに追い立てられた魚が岸の方に迷いこんでくるのを待っているのだ」というのが、おおかたの観察であるようです。私は、狩場を選んだり、魚を追い込んでゆく段階では、サギたちがもっと積極的に協同しているのではないか、というふうに見ています。
カワウだけの編隊、サギだけの編隊、両方が混じり合った編隊がある
カワウのみ、サギのみ、混成、という順で見てください。

ついで、一緒に狩場を探したり偵察したりする様子がうかがえます。 “「カワウ」「ダイサギ」「アオサギ」たちの協同?” の続きを読む
長い間たずさわってきた少年矯正の仕事を退官し、また、かなりの時が経ちました。夕焼けを眺めるたびに、あと何度見られるだろうと思うこの頃。
身近な生き物たちとヒトへの想いと観察を綴りたいと思います。




鍵の束についている小さなナイフの刃を出して荷造テープをなぞると、蓋を両側に弾くようにして中身が盛り上がってきました。一羽また一羽と取りだして並べてゆくと、ちょう五羽ずつの列が二本になりました。
それから何年も何年も経てこの春の終わり、私たちボランティアのフィールドの「百草分園」とでもいうべき区画の一つに居ると、一方に続いているクヌギの林の奥から、少年のころに馴染んだことのあるキツツキのドラミングが聞こえてきました。そっと踏み込んでみると、林のほぼ真ん中にクヌギと思われる一本の巨木が枯れたままそびえていましたから、さてこそと仰いで目を凝らしてみましたが、動くものはありません。くびすを返そうとしたとき、なんと、太い幹のほとんど目の高さのあたりに、見事な「アオゲラ」が取り付いているのに気が付きました。これが互いにお近づきの挨拶といった写真です。
お立ち台の上でというような、モズの風格は写真でご覧の通りです。宮本武蔵は「枯木鳴鵙図」という、モズをモチーフにした水墨画を残していますが、これは「重要文化財」に指定されているほどの出来栄えとされています。
日光の話に戻ります。観光客が買い与える餌や残し物でうるおったためらしく、まずハトが増え、そのハトのヒナやタマゴを満足に食べることができたためもあって、やがて日光の周辺にカラスが目立って増えたのだそうです。
スズメといえば、私には強烈な思い出があります。小学校5年生の夏休みに、ようやく兄たちを通りすぎて私のところに順番が回って来ていた「講談全集・猿飛佐助」というのを読んでいると、屋根に並んではしゃいでいるスズメの一団がいつになく気に障りました。読めない字が多くてイライラしていたのでしょう。