剣豪宮本武蔵はモズが気に入っていたようです。秋も9月の末ごろから、枝先で「キーイ、キリキリ、キリ」と鋭く高鳴きして凛々と縄張り宣言をし、スズメよりも少し大き目といった体格でありながら、あたりを睥睨しているありさまが剣豪には好ましかったのでしょう。ワシ・タカ類のようにクチバシの先が鉤状に曲がっていて、徹底した肉食のハンターであることにも共感したのかも知れません。挨拶してもらいます。
わしがモズじゃ おぬし できそうだの
お立ち台の上でというような、モズの風格は写真でご覧の通りです。宮本武蔵は「枯木鳴鵙図」という、モズをモチーフにした水墨画を残していますが、これは「重要文化財」に指定されているほどの出来栄えとされています。
ところで、宮本武蔵も知っていたことでありましょうが、モズは常に緊張して殺気立っているばかりではありません。モズは「百舌」とも書かれる通り、他の小鳥たちの鳴き声の真似をするのが大の得意なのです。「キチ、キチ、キチ、キチ」というのが本来の地鳴きでありながら、それとは別に、スズメやウグイスやホウジロ、はては日本の里山に新参のガビチョウなどの鳴き真似までこなすのです。
そうしたときは、枝先などに長くとどまっていますから、名人級の芸を私もゆっくりと聞かせてもらうことがあります。あれだけの情報を、聞いて、憶えて、再生するのですから、なかなかに込み入った回路が必要なはずです。ノドから胸にかけてを複雑に波打たせて、声量を控えめに、どちらかというと申し訳なさそうに続けております。どうしてこんなことをするのでしょう。
モズ ものまねをする
あれこれ言われていますが決め手はないようです。モズは自分のテリトリーの中に棲息しているバッタやカエルなどに対して、「ぼくはモズじゃないよ。スズメだよ」と宣伝しているのに違いないと私は思うことがあります。
そうしておきながら、「モズのはやにえ」と呼ばれる乱暴な習性をむき出しにして、見せしめのようなことをします。尖った小枝や有刺鉄線に捕まえた獲物を串刺しにして干物にするのです。冬に備えて蓄えて置くのだというのがおおかたの説明のようですが、その方の研究者によると、そのまま放っておかれることも少なくないようです。どうしてでしょう。
秀麗なたたずまい 深刻そうなポートレート
灌木の中の巣と卵 そして幼鳥
例の「枯木鳴鵙図」には、枯れ立った一本の枝の先でモズが満を持しているありさまが緊迫感を放って描かれていますが、どういうわけか、その垂直の枝の途中に一匹のイモムシのようなものが小さく添えられています。腕利きのハンターとはいえ、モズに眞下の小虫が目に入るのは難しいと思います。宮本武蔵は「灯台元暗し」というようなことまで言おうとしたのか。あるいは、気の抜けた一点があるからこそ、作品の密度が全体としては高まるということを計算してのことなのでしょうか。
静と動、柔と剛。宮本武蔵にもモズにも、ちょっと分からないところがあります。
おしまいに、私がモズであったなら、そして若かったなら、お見合い写真にするだろうというようなショットを見てください。
若し私がメスのモズであったなら、次の写真を使うでしょう。優しい目が潤んでいるように見えませんか。
長い間たずさわってきた少年矯正の仕事を退官し、また、かなりの時が経ちました。夕焼けを眺めるたびに、あと何度見られるだろうと思うこの頃。
身近な生き物たちとヒトへの想いと観察を綴りたいと思います。