防毒面

        
 こんなことがあってから60年以上が経ってしまっている。
大学1年の夏休み、私は木曾谷に帰っていたが、かつての同級生に学生などと付き合っている暇があるわけもなく、ひとりで夏の時間をもてあまし気味になっていた。
 ある午後、土蔵のひとつにもぐり込んであたりを掻き回していると、戦時中に配給されたものか買わされたものか、「〇〇年式防毒面」というのが出てきた。防毒面というのはガスマスクの古い呼び方である。
 帆布に厚く生ゴムがかけられ、前面に円形の厚いガラスがメガネほどの間隔ではめ込まれており、その下に鼻のための小さな隆起があり、さらにその下はカッパの口のように尖っていた。尖った先が捻じ込み式になっていて、半リットルほどの缶を装着するようになっていた。缶の中身は活性炭が主成分であるらしい。おそるおそる面を頭から被ってみると、顔が締め付けられるように張り付いてきた。次いで、缶の底にはめ込まれているゴム栓を抜いてみると、相当の抵抗があったがカビ臭い空気を吸い込めた。ゴム栓を元どおりにはめ込むと、ぴたりと呼吸ができなくなる。製作されてから二十年ちかくを経ているはずでいながら、なお気密性というか密着性は保たれていた・・・。 “防毒面” の続きを読む

おはなしあい

 何十年か前のこと、私は「知的障害」を有する少年たちが集団で生活している施設に関与したことがあります。彼らの表出には、和太鼓のリズムのように心に響くものがあるように思うのです。いつまでたっても新鮮です。
                          
    第一寮

ベンチに座っているぼくに
あっちへ行けといわないでください
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こうわをきいて

 何十年か前のこと、私は「知的障害」を有する少年たちが集団で生活している施設に関与したことがあります。彼らの表出には、和太鼓のリズムのように心に響くものがあるように思うのです。いつまでたっても新鮮です。 “こうわをきいて” の続きを読む

献立 二食

 何十年か前のこと、私は「知的障害」を有する少年たちが集団で生活している施設に関与したことがあります。彼らの表出には、民話や民謡のように、あるいは和太鼓のリズムのように、心に響くものがあるように思うのです。いつまでたっても新鮮です。 “献立 二食” の続きを読む

日記

 何十年か前のこと、私は「知的障害」を有する少年たちが集団で生活している施設に関与したことがあります。彼らの表出には、民謡のように、あるいは和太鼓のリズムのように、心に響くものがあるように思うのです。いつまでたっても新鮮です。 “日記” の続きを読む

ほうどりかんそう :盆踊り感想

何十年か前のこと、私は「知的障害」を有する少年たちが集団で生活している施設に関与したことがあります。彼らの表出には、民謡のように、あるいは和太鼓のリズムのように、心に響くものがあるように思うのです。いつまでたっても新鮮です。 “ほうどりかんそう :盆踊り感想” の続きを読む

新しく入って

 何十年か前のこと、私は「知的障害」を有する少年たちが集団で生活している施設に関与したことがあります。彼らの表出には、民謡のように、あるいは和太鼓のリズムのように、心に響くものがあるように思うのです。いつまでたっても新鮮です。 “新しく入って” の続きを読む

少年院で学んだこと

       
 何十年か前のこと、私は「知的障害」を有する少年たちが集団で生活している施設に関与したことがあります。ワードプロセッサーいわゆる「ワープロ」の全盛時代でしたが、それらの操作でものをいうのはIQよりもセンスだなあ、としばしば感じ入ったものでした。少年の表出の一例を挙げてみます。ストトンと打ち込んだものだからこそ、いつまでも新鮮なのでしょうか。 “少年院で学んだこと” の続きを読む

戻ってきた失せ物 Ⅰ 双眼鏡

 私は落とし物・忘れ物をよくやる。小学5年の頃、カバンを忘れて登校してしまい、3度目には廊下に立たされてしまったことがある。カバンを忘れるほどに何に気を取られていたのか、それも忘れてしまっている。

 大学1年の夏に、「木曾駒ケ岳国有林高山植物監視員」というアルバイトをしたことがある。
 営林署から貸与された「双眼鏡」を登山道の2合目の水場で首から外したまま置き忘れて、頂上に着いたとたんに気が付いた。今はそこそこのものをホームセンターなどで安く買えるが、当時はそんなではなかった。誰よりも早くその場に行き着こうと、頂上から一気に駆け下りて回収することができた。高山植物監視員を監視している人は居なかったから、こんな無駄をしてもアルバイト料を削られることはなかったが、みっともない話である。
 だが、「あったぁ!」という瞬間は何ともいえない。岩の上に夜露を少しのせてかしこまっている様子が、ただの機器ではない互いの因縁を生みだすようでさえある。

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戻ってきた失せ物 Ⅱ 剪定鋏

 少年のための矯正施設に居たころ。ある初冬、私は女子寮の中庭にある梅林の剪定作業を独りでしようとした。「桜切るバカ、梅切らぬバカ」と昔から言われているように、梅は素人にも扱いやすい木である。枝が密に伸びていてけっこうに硬いから、私物の大型の剪定鋏を使っていた。ずっしりと重いその剪定鋏は園芸用の刃物では名の通った泉州堺のメーカーで作られたもので、切れ味、握り具合、戻り、などのバランスの良いすぐれものだった。
 二日目の作業の最中、握りの間に梅の枝を引っ掛けたまま捻じってしまったとみえて、ふいにスプリングが外れ、弧を描いて、はるかな草むらの中に跳び込んで行ってしまった。梯子に乗って、腕を伸ばした高さからである。

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