地味でそっけなげ じっくり見ていると味がある 「ヒヨドリ」

ヒヨドリ」は、尾が少しだけ長い分だけツグミより大きいほどの中型の鳥ですが、全体として地味な濃いグレーに印象され、名前の通り「ヒーヨ!ヒーヨ!」と甲高く鳴くこともあって、親しみを持ちやすいとはいえない野鳥だと思います。たしかに、首をかしげてこちらを見ているときなどは凄みが効いていて、「なるほど、鳥類は恐竜の子孫なんだ」と感じることがあります。挨拶してもらいます。

こんなところでどうかな わたしヒヨドリ

凄まれると引いてしまいがちですが、お気づきのように、近くにアップしてみると、意外に渋くてきれいなのです。ツグミの胸の模様をアサリに例えるなら、ヒヨドリの胸はシジミのようです。こちらの方が好みだという人も居るに違いありません。 “地味でそっけなげ じっくり見ていると味がある 「ヒヨドリ」” の続きを読む

悔恨の「ツグミ」

何年も何年も前の話です。木曾谷に残っている中学時代のの同級生のひとりが、ある秋、平らな竹かごに詰めたマツタケを送ってくれたことがあります。放射線などで処理されていないから、ことに幹の太ったところに、なかば透きとおった小さな虫が湧きはじめていました。幼い頃、蜂の子なんかを食べたことのある私から見ればなんでもないことで、ざっと洗い流し、色の変わったところをちょんちょんとくりぬいてしまえばそれで済みます。東京育ちの妻はそうはゆかず、悲鳴を上げ、両手を握りしめて胸の前でわななかせ、あ、という間に、マツタケも香りも、それを包んでいたシダの葉も、ディスポーザーのなかに投げ入れてしまいました。
お礼の遠い電話を入れましたが、後ろめたさが声に出たとみえて、すぐに見破られました。
「捨てちまったな」
「食べたさ」
「そうじゃねえだろ。奥さんが捨てちまったろ。え」
歯がゆがっている友の表情が電話の向こうに見えるようでした。ちぢれた髪が耳の周囲から白くなりはじめているはずでした。
「マツタケが気に入らんならよ。ツグミをやるわ。すぐ時期のもんだ。あれには文句いわせんに」
密猟か」
「そうよ、カスミ網だあな」
「まずいね」
「やっぱりお前はおかしくなっとる。ツグミを食えば正気にもどるに。ま、待ってろ」
二ヶ月ばかり経ちました。真夜中を過ぎて帰ると、食卓の半分に新聞紙が敷いてあり、そのうえに縦横二十センチほどのダンボールの小包がきちんと置いてあります。コートを脱ぐ前に荷札をかえして見るなり、「やってくれたな」と思いました。

ツグミたちとの懐かしく悲しい再会

鍵の束についている小さなナイフの刃を出して荷造テープをなぞると、蓋を両側に弾くようにして中身が盛り上がってきました。一羽また一羽と取りだして並べてゆくと、ちょう五羽ずつの列が二本になりました。
腹の下に指をまわし、一羽を丁寧に取り上げてみました。小ぶりのハトほどの大きさがあります。クチバシ、頭、背中、翼、尾、これらはおおまかに言って濃い茶色です。目の上に、長い眉ともまがう白い線が一文字に引かれています。下の皮膚を出さないように指を添えながら腹を返してみます。喉元から肩にかけて、白いマフラーを粋に巻いているのにまず目が引かれます。それから下の胸には、黒い斑紋がそれぞれの個性にしたがって白い下地に打たれています。アサリ貝のうちにときに似たような神秘な模様が見られることがあります。 “悔恨の「ツグミ」” の続きを読む

外国からのバードウオッチャーのあこがれ 「アオゲラ」

少年のころ、ヤギのために草刈りをするというノルマを果たして背負い籠がいっぱいになると、古いダムのほとりに腰を下ろして、「あの山の向こうには何があるのだろう」と想うのがいつものことでした。テレビは白黒で画面は不安定、しかもおそろしく高価で高嶺の花。ましてケイタイも無い時代に育つことができたのは、本当に幸いだったと思います。
初夏、うっそうと枝が垂れ下がった対岸から、ウグイスのさえずりが鏡のような水面を渡って来ることがよくありました。あれほど澄みきった音色にその後に出会ったことはないと思います。そんなウグイスのさえずりに「コココココ・・・」と響くキツツキドラミングが重なることがありました。アオゲラに挨拶してもらいます。

ケラとはキツツキのこと でも、アオゲラは特別だよ

それから何年も何年も経てこの春の終わり、私たちボランティアのフィールドの「百草分園」とでもいうべき区画の一つに居ると、一方に続いているクヌギの林の奥から、少年のころに馴染んだことのあるキツツキドラミングが聞こえてきました。そっと踏み込んでみると、林のほぼ真ん中にクヌギと思われる一本の巨木が枯れたままそびえていましたから、さてこそと仰いで目を凝らしてみましたが、動くものはありません。くびすを返そうとしたとき、なんと、太い幹のほとんど目の高さのあたりに、見事な「アオゲラ」が取り付いているのに気が付きました。これが互いにお近づきの挨拶といった写真です。 “外国からのバードウオッチャーのあこがれ 「アオゲラ」” の続きを読む

剣豪も愛した小さなハンター 「モズ」

剣豪宮本武蔵モズが気に入っていたようです。秋も9月の末ごろから、枝先で「キーイ、キリキリ、キリ」と鋭く高鳴きして凛々と縄張り宣言をし、スズメよりも少し大き目といった体格でありながら、あたりを睥睨しているありさまが剣豪には好ましかったのでしょう。ワシ・タカ類のようにクチバシの先が鉤状に曲がっていて、徹底した肉食のハンターであることにも共感したのかも知れません。挨拶してもらいます。

わしがモズじゃ おぬし できそうだの

お立ち台の上でというような、モズの風格は写真でご覧の通りです。宮本武蔵は「枯木鳴鵙図」という、モズをモチーフにした水墨画を残していますが、これは「重要文化財」に指定されているほどの出来栄えとされています。

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街と里山のとりしまり屋 「カラス」

数年前、日光へ短い家族旅行をしたことがあります。高名な滝や、きんきらに積み上げた建物群にはあまり感心しなかったけれど、杉並木を通り抜けながらのタクシーの運転手さんの話が印象的でした。その話の主人公はカラスです。

お呼びか 食事のジャマはまずいぜ 分かってるよな

日光の話に戻ります。観光客が買い与える餌や残し物でうるおったためらしく、まずハトが増え、そのハトのヒナやタマゴを満足に食べることができたためもあって、やがて日光の周辺にカラスが目立って増えたのだそうです。
土産物店が狙われ、きらきら光る売り物が持っていかれるようになり、ついに観光客の帽子ペンダント、とうとうイヤリングまでを狙って急降下するものが出はじめたのだそうです。カラスは光った物がなにかと好きで、そうしたものを巣に溜めこむ習性があるのです。互いに自慢しあうことすら、あるいはあるかもしれません。
観光協会などが相談のうえ、数百羽を間引いてくれるように地元の猟友会に申し入れると、「お安い御用!」という返事。ところが、いつもは平気でヒトに近づくカラスたちは、飛道具を見るとはるか遠くに離れてしまい、それでいて、クワやサオを担いでいる人の近くにはくろぐろと群れて遊びます。「散弾銃」となると、瞬時にそれと見て取って敬遠してしまうのでした。 “街と里山のとりしまり屋 「カラス」” の続きを読む

永らうべきか 滅ぶべきか そこが問題だ 「スズメ」

 スズメカラスとならんで、それこそ神話の時代からヒトの生活の脇で繁殖することを選んできました。両方とも、民話や神話によく取り込まれております。ことにスズメは、ヒトの居なくなった集落からは姿を消すとさえ言われています。警戒心を強く保ちながらも、ヒトという猛獣を利用するとは、いい度胸をしています。例によって挨拶してもらいます。

俺らの命運は あんたら次第だよ よろしくな

 スズメといえば、私には強烈な思い出があります。小学校5年生の夏休みに、ようやく兄たちを通りすぎて私のところに順番が回って来ていた「講談全集・猿飛佐助」というのを読んでいると、屋根に並んではしゃいでいるスズメの一団がいつになく気に障りました。読めない字が多くてイライラしていたのでしょう。 “永らうべきか 滅ぶべきか そこが問題だ 「スズメ」” の続きを読む

思い出につながる「ヤマガラ」

シジュウカラのトレードマークは、白い胸に黒いネクタイ。ヤマガラのそれは、茶色のチョッキに黒の蝶ネクタイ。ともに虫などを求めては枝から枝へとせわしなく渡ってゆくので、写真のターゲットとして捉えるのはやさしくありません。まずは、挨拶してもらいます。

エッ! ボク? ボク ヤマガラ

茶色のチョッキをカメラのファインダーに入れるたびに、幼かったころの木曾谷の夏祭りを思い出します。先の大戦後も数年間、「木曽馬」の馬市はサーカスの小屋が立つほどににぎわったのですが、農耕機械などの発達とともに馬市は次第に先細りとなって、ついに消滅してしまいました。おとなしくて働き者だった木曽馬は必要でなくなったのです。それから谷は過疎化に向かうのですが、女神さまを祭ってある「水無神社」の祭りだけは輝きを失わないように、谷の人々は踏ん張り続けました。
中仙道の関所跡から下って来る道に沿って並んだ露店、アセチレンガスを使ったランタンの特有な刺激臭、木曾節の踊りの輪、谷の狭い空を塞いでしまいそうな打ち上げ花火と轟音。・・・そうした賑わいをちょっと外したところに、「ヤマガラのおみくじ引き」という芸が出ていることがありました。 “思い出につながる「ヤマガラ」” の続きを読む

里山のダンディー 「シジュウカラ」

白い胸に黒いネクタイ。オスのネクタイは太目で、メスはやや細め。スリムで軽快な身のこなし。このごろの流れから、あえてオスメスをまとめての言い方をしますが、シジュウカラダンディーです。 この列島を通していちばん見慣れている小鳥の一つでしょう。先ずは、挨拶してもらいます。

濡れたところをお恥かしいけれど・・・シジュウカラです

きれい好きでもあるようです。 “里山のダンディー 「シジュウカラ」” の続きを読む

透明な瑠璃色 「ルリビタキ」

前に紹介したのは、銀髪黒覆面のジョウビタキでした。

2番手はルリビタキジョウビタキの親戚です。

ともにスズメほどの大きさで、夏に北海道や本州の高地など子供を産んで育て、寒い時期には関東地方よりも南の暖かい地方で過ごします。雑食性で、木の実、昆虫類などを食べ、やはり「ヒッヒッ」と澄んだ声で地鳴きします。ジョウビタキジョウ(昔の銀髪の呼びかた)を被った火焚き(地鳴きが火打石を使う音に似ている)ということから付けられた名前でしたが、ルリビタキルリ色をした火焚きというわけです。里山よりも少し奥に入った暗みの混じった林を好むのだそうで、なんとなく、孤独あるいは孤高の雰囲気を漂わせます。まずは、挨拶してもらいます。

ルリビタキです。こんにちは!

身近にいた「青い鳥」

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真っ先にいきなり、「ジョウビタキ」という小鳥の登場

たまたまポケットに入れていた小さなデジカメを通して、この小鳥との思いがけない出会いがあり、「このあたりにはどんな野鳥がいるのだろう」と思い付くきっかけになりました。先ずはあいさつしてもらいます。

はじめまして、ジョウビタキです!

ちょっとあらたまったところで、私ロウボウから聞いてもらいたいことがあります。 “真っ先にいきなり、「ジョウビタキ」という小鳥の登場” の続きを読む