鞍馬天狗か黒頭巾 「セグロセキレイ」

「セグロセキレイ」は、ハクセキレイと同じように黒と白だけで装っています。その黒と白の案配がセグロセキレイでは一段と整理されており、古くは鞍馬天狗か黒頭巾、新しくは黒いメダシボウといったものを思わせるほどです。

 個での縄張り争いでは譲らぬよ

 日本に見られるセキレイの特徴をまとめた図を、ここでも挙げておきます。

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清流の麗人 「キセキレイ」

 「黒と白とで装うのは男性の特権でしてよ。あなた、素敵ね」と言われた男がいます。大英帝国が輝き渡っていたころ、一人の青年が艱難辛苦に耐え、粉骨砕身を続けて、海軍士官となり、艦長になり、艦隊司令官になり、貴族に列せられ、ついには伯爵令嬢と結ばれるという冒険物語の中の話です。
 言われたのは、軍装整えたサー・ホーンブロア艦長。言ったのはバーバラ令夫人。これを鳥に配すれば、艦長が「セグロセキレイ」、令夫人が「キセキレイ」ということになります。

 私も素敵じゃなくてはね

 ここでも、日本で見られる三種のセキレイの特徴をまとめた図を挙げておきます。 “清流の麗人 「キセキレイ」” の続きを読む

運転免許証物語

 自動車の運転免許を取得しようとしたら、普通の人はいわゆる「教習所」のやっかいになる。ちかごろは、「ドライビングスクール」などと名付けられていて、「スタンダードコース」「ウイークデイコース」「クイックコース」「トップコース」「学生プラン」「合宿プラン」「ペーパードライバーコース」などと分けられ、「料金定額制」「安心パック」などと、広いニーズに応えられるように工夫されている。
 さて、一人の若い娘が、生活のリズムからどうしても通常の「教習所」に通えないので、都合の付いた時に個人レッスンを重ねて、飛び込みで実地試験をパスすることを目論んだ。それも警視庁の「府中運転免許試験場」に殴りこむのだという。
 周囲はあやうんだ。特定のスクールに所属して、普段練習しているコースで受験することには見過ごせないメリットがある。車種とコースの配置に慣れている。教習所では「講習修了試験」と呼ぶらしいが、受験者が複数いるときには、同一のコースで為されることが多いから、順番がさがるにつれ、「ああ、あそこが要注意。あれがポイントだ」としだいに伝えられてくる。料金定額を一応うたってあるので、生徒たちがほどほどのところで実地試験をパスできるように、教習所側も有形無形の努力をする。 “運転免許証物語” の続きを読む

赤と黒 燕尾服 「アカゲラ」

アカゲラ」は「ケラ」、つまりキツツキの1種です。前に紹介したアオゲラと並んで、ヒヨドリほどの大きさ(24㎝)ですが、ヒヨドリの全身グレイといった印象に比べて、なつかしい小説「赤と黒」を想わせるように、この2色で大胆に装っております。いくらか標高のある環境を好むようで、このあたりでお目にかかるのに少し時間がかかりました。挨拶してもらいます。

お初 お目にかかります いっそとことんまで・・・

 桜が咲き初めたころ、落葉樹の林で「キョッ キョッ」という鋭い鳴き声が聞こえ、「ドドドド…」というドラミングを聞きました。けっこう待たされた出会いでしたが、会ってみれば、満足のゆくものでした。 “赤と黒 燕尾服 「アカゲラ」” の続きを読む

拘禁

 1968年(昭和43年)、私は府中刑務所の医務部に勤務していた。おりから学生運動の最後のたかまりがあり、多数の若者たちが逮捕され、首都圏の拘置所が満杯になったために、刑務所の「独居房」の一部が拘置区として転用されるという事態になったことがある。 “拘禁” の続きを読む

神戸連続児童殺傷事件 Ⅰ 「20年間で堆積されたもの」

1 どうして今、神戸連続児童殺傷事件か

 「神戸連続児童殺傷事件(酒鬼薔薇聖斗事件)」は1997年(平成9年)2月から5月にかけて為され、2022年春という時点で25年という歳月を経た。その間に、この事件に関して積み上げられた情報は膨大である。
 マスメディアの報道、検事調書、家裁審判決定要旨(のちに全文)、被害者遺族たちの手記、犯人の父母の手記、論評、座談、関連図書など・・・それらに加えて、とうとうというべきか、ここまでというべきか、加害者本人の匿名の手記までが加わった。 “神戸連続児童殺傷事件 Ⅰ 「20年間で堆積されたもの」” の続きを読む

神戸連続児童殺傷事件 Ⅱ 「登頂寸前からの滑落」

 当該青年の半生の軌跡の概略をたどって図にまとめてみたい。カルテに依らなくても、世に出回っている情報から辿ることのできる経過であるが、不運と悲しみにも彩られたものであると筆者には印象される。
 中央に縦に太い点線を引き下ろし、これを時間の経過とし、彼の0歳から33歳までの目盛りを付ける。

 点線の左右を彼が生活してきた場とする。左側半分は「通常の世界」。右側半分を「異常な世界(彼はしばしば黒い羊の世界、あるいは異端・以外の世界と呼ぶ)」とする。左右のどちら側にどれほど踏み込んで辿ったかという曲線の位置は、数値などで割り出したものではなく、筆者の主観によるものである。 “神戸連続児童殺傷事件 Ⅱ 「登頂寸前からの滑落」” の続きを読む

神戸連続児童殺傷事件 Ⅲ 「治療教育を可能にするもの」

1 遺伝と環境との相互作用

 両親から受け継いだ遺伝子の配列そのものは生涯を通して不変であると考えられる。ところが、例えば一卵性双生児は全く同じ遺伝子情報を持っているにもかかわらず、一方が統合失調症を発症したら相方も100%発病するかというと、これがそうではない。50%ほどは発病しないという事実がかなり前から知られている。遺伝子が生物を規定する力は強大であるけれども、必ずしも運命を決定するものではなく、環境が作用するところも大きいことをはっきり示している。
 「遺伝か環境か」という問いの溝を埋める「エピジェネティクス」と呼ばれるメカニズムが次第に明らかにされてきている。遺伝子は身体の設計図とも言えようが、突然変異のように設計図そのものを変えるのではなく、いわば図の上にフィルターを掛けたり外したりすることで、遺伝情報の発現を柔軟精緻にオンにしたりオフにしたりするシステムが私たちには備わっている。食事や運動の蓄積はもとより、経験や意欲の違いによってコントロールの調子が変化し、遺伝情報を見える化したりしなかったり、つまり表出のありようが変わって来ることが、分子レベルで確かめられつつある。 “神戸連続児童殺傷事件 Ⅲ 「治療教育を可能にするもの」” の続きを読む

神戸連続児童殺傷事件 Ⅳ 「行為障害」

1 不運なとりあわせ

 この事案に迫ってゆくためのキーワードは次の三つである。「行為障害」「性的サディズム障害」「愛着の問題」。
 どの一つをとっても対応や治療、そして教育に大きな困難をともなうものであるうえに、これらが三つ巴をなすように入り組んでいる。それぞれに、どういうところが生来の機能障害の存在を思わせるか、どういうあたりに生育環境が絡んできていると捉えられるだろうか。
 ひとつの不運な波が先行し、その上に後発のものが追い付いては重なることで高さを増し、ついに波の頂上が崩れ落ちる。そんな成り行きが映像的に想われる。 “神戸連続児童殺傷事件 Ⅳ 「行為障害」” の続きを読む

神戸連続児童殺傷事件 Ⅴ 「性的サディズム障害」

1 サディズム・マゾヒズム

 ・生命体と性
 性は、攻撃と支配ということに密接に関係している。
この惑星の生命体は、その誕生以来長い間(およそ38億年前に生命が誕生してから現在までの距離を仮に100㎝とすると、はじめの50㎝ほどの間)は無性生殖であり、自分の遺伝子をそのまま子孫に伝えること、つまりクローンを作るというのが繁殖の仕方だった。それでも遺伝子の突然変異というものはほぼ一定の確率で起こり、ゆっくりとではあったが進化は積み上げられた。
 やがて生命たちの多くは、有性生殖というやり方を選択することになる。父と母それぞれが自分の遺伝子を二つに分裂させ、その片方ずつを再び一つに接合して子供に伝えるというやり方である。そうした操作はかなり微妙であるので遺伝子に変化を与える率は大きくなり、それだけに子孫に形態のレベルの変容をもたらしやすく、環境の変化に耐えて生き延びられる子孫を準備する多様性の確率が高くなった。その上に自然淘汰が働くことで、進化は格段に加速された。有性生殖というシステムのもとで自分の種を繁栄させるためには、良い伴侶と結ばれることが決定的に大切なこととなってゆく。 “神戸連続児童殺傷事件 Ⅴ 「性的サディズム障害」” の続きを読む