神戸連続児童殺傷事件 Ⅲ 「治療教育を可能にするもの」

1 遺伝と環境との相互作用

 両親から受け継いだ遺伝子の配列そのものは生涯を通して不変であると考えられる。ところが、例えば一卵性双生児は全く同じ遺伝子情報を持っているにもかかわらず、一方が統合失調症を発症したら相方も100%発病するかというと、これがそうではない。50%ほどは発病しないという事実がかなり前から知られている。遺伝子が生物を規定する力は強大であるけれども、必ずしも運命を決定するものではなく、環境が作用するところも大きいことをはっきり示している。
 「遺伝か環境か」という問いの溝を埋める「エピジェネティクス」と呼ばれるメカニズムが次第に明らかにされてきている。遺伝子は身体の設計図とも言えようが、突然変異のように設計図そのものを変えるのではなく、いわば図の上にフィルターを掛けたり外したりすることで、遺伝情報の発現を柔軟精緻にオンにしたりオフにしたりするシステムが私たちには備わっている。食事や運動の蓄積はもとより、経験や意欲の違いによってコントロールの調子が変化し、遺伝情報を見える化したりしなかったり、つまり表出のありようが変わって来ることが、分子レベルで確かめられつつある。

 2015年、ラクビーのW杯・イングランド大会。いきなりとも見えた日本代表選手の奮闘と躍進は、体格のハンディを「日本独自の戦い方」をチーム一丸で詰めることで克服したところから得られたという。選手達の遺伝情報が変わったのではないけれども、その発現の仕方が変わったのかもしれない。エピジェネティックスの機序につながるところがあるかも分からない。環境からの情報を取り込むことで生じたエピジェネティックな変化の一部は、次世代へ遺伝することすらあるという知見が積み上げられてきている。
 比べるのはおこまがしいけれども、息の長い良好な環境を発展的に及ぼすことができるなら、目の前に置かれた印象ではとても可能とは思えないこと、つまり当該少年を「育て直し」すること、これは不可能ではないと私たちは思ったことである。2015年のラグビー杯よりも二昔前のことである。

2 治療と教育との連携

 医療少年院は、戦後に制定された「少年法」にもとづいて設立され、家庭裁判所の審判によって少年院での教育を要すると決定された対象のうち、「心身に著しい故障があるためにまず医療を要するもの」を広域に収容し、その機能を全うする必要から「病院」の認可を受けている。
 時代のめまぐるしい変遷を受けて、医療少年院が担う役割も大きく転換してきた。戦後しばらくは「結核の時代」といえた。戦災孤児、浮浪児という言葉がなお生々しく、国中が飢えていた中で非行少年少女たちの栄養状態が良かったはずはなく、非常な過剰収容のうち、その50%近くが進行した「結核」に侵されていた。有効な抗結核剤が出回るのを待てずに不幸な転機をたどるものも多く、院の過去帳には少なくない人数の記載があるが、ほとんどはこの時代の結核による病死である。昭和40年代に入ると疾病の種類は一変し、「性関連疾患」つまり梅毒、淋疾、妊娠が多くを占めるようになり、やがてそれらも、「覚せい剤中毒症」「シンナー中毒症」を中継ぎのようにして「精神の障害」に次第に入れ替わってゆく。終戦直後の困窮期にはかえりみる余裕がなかった「心の障害」というものが、じわじわと注目すべき社会現象となってきたのだとも言えよう。
身体疾患は対象が若いだけに治癒し易く、途中から一般少年院に移送できる例が多い。それに対して精神障害を抱えるものは、医療少年院に滞留する傾向が観られる。昨今の医療少年院在院者の大部分は精神の障害を課題とされた少年たちである。

 医療少年院は、「医療部門」と「教育部門」という二つの翼を持っている。二つの翼を「連携」という胴体でしっかりと繋ぎ合わせることができているかどうかが、有効な機能を果たせるための生命線となる。
 「医療プログラム」として、身体各科医療一般、精神科医療、保健衛生指導などがなされる。「教育プログラム」としては、生活指導、教科教育、作業療法、病度別体育、交換ノート、ロールレタリング、グループワーク、問題別指導、SST、被害者の視点を取り入れた教育と特別日課、全体行事などがなされる。
そして、医療と教育との「連携」のために、処遇審査会、医務教務連絡会、特別処遇チーム、ケースカンファランスなどが置かれている。
 教育というものは、目標を定めて対象を引っ張り上げる作業であり、治療というものは後ろから押し上げる作業であるとも言えようが、それらは常に混じり合っている。例えば、精神療法は、クライエントが過去に重要な関係を持った人へ向けるべき感情を、治療者に向かって再現させ、やがては整理することができてゆくというのが普通の経過であり、これを「転移」というが、拒否や憎悪や攻撃といったマイナスの方向のものであっても、「懲罰」というかたちでなく、「受容や整理」というかたちで対応しなければならない段階がある。医と教との連携を怠ってここを誤ると、処遇は混乱してしまうどころか崩壊してしまう。
 身体疾患であっても、例えばエイズウイルスに感染している少年を受け入れたときに、どのような事態が起こり得るかという想定と対策とでいちばん頭を悩ますのは、教育部門の責任者である「主席専門官」であった。ここでも医と教の連携は必須である。当該少年が収容されている間、筆者は前半と後半と2人の主席専門官に支えてもらった。一緒に仕事ができたことを生涯の誇りと思っている。

3 信頼の再生

 治療教育の考え方の大筋は、「水は低きに流れる」というような簡明さを備えている必要がある。当事者の一部のみしか理解できないような難しい筋書きは、えてして理屈のための処遇を招きやすい。筆者は以下のように素朴に考えていた。

 ・・・生来のものであれ環境がもたらしたものであれ、要因が多岐にわたり、いかに錯綜していようとも、とどのつまり非行とは「自己の表現の著しい不適切」の結果であるというに尽き、それぞれを取り巻く世界に対する「認知・認識の歪み」からなされ、それらは、共通して見出すことができる「自他を信じることの障害」からもたらされる。治療教育の目標は「信じることの回復」ということになるが、ここに二つの原則ともいうべきものがある。
   「人は誰でも学んで変わる可能性を持っている
   「人はその信頼する者からのみ学ぶことができる
それぞれの問題性に応じて、最もふさわしいと思われるプログラムを個別に立ち上げ、段階を踏んで柔軟に展開してゆく・・・

 限られた空間の下での濃淡の働きかけとモデルの提示。今ここで(ナウ・アンド・ヒヤ)のスモール・ステップの課題。体験するものすべてに対する考え方の見直し。選択と試行。内省や瞑想。やがて本件犯行との直面に向ける。・・・要求される者にとっては厳しい作業である。くじけそうになったときに、すがりたい気持ちになれれば個別面接や医療スタッフによるフォローがあるとはいえ、本件と直面というハードルを越えるのは、しばしば一過性の錯乱を経なければならないほどの試練となる。
 当たり前のことかも知れないけれども、日常のひとつひとつの事を巡る泥くさい相互の切り結びの中からこそ、信じること、つまり信頼関係が芽生えてくる。活動を終えて居室に戻されたときに、少年に生じる不安よりも信頼の余韻や次への期待の方が勝るようになった時。これが事態の方向を一変させることになる。医療部門と教育部門を問わず、誰か一人との繋がりが見えたら、これを信頼の一滴とし、大切に拡げてゆく。
 少年たちは、これまでの傾斜を逆にたどりはじめる。自分と相手を信頼して自己を表出すれば、開いた分だけ他者の考えが入ってくる。内面で擦り合わせが繰り返され、さらに認知のありようが是正されてくる。当然、行動が変わってくる。
「治療と教育の構造」の中に置いて数年間。しかるべく保護者を組み入れ、被害を受けた人々のことを視野に置いて数年間。
 全例に、そして完全に。これはもとより望むべくもない。しかし「育て直し」は多く可能である。
 養之如春という言葉を教えられたことがある。「之を養うに春の如し」と読むのであろう。春が万物を養うように、ゆっくりと、けれど着実に、日一日と増す暖かみで包み込んでゆくありさま。そんな意味だろうと思っている。

ロウボウ

投稿者: ロウボウ

長い間たずさわってきた少年矯正の仕事を退官し、また、かなりの時が経ちました。夕焼けを眺めるたびに、あと何度見られるだろうと思うこの頃。 身近な生き物たちとヒトへの想いと観察を綴りたいと思います。

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