神戸連続児童殺傷事件 Ⅳ 「行為障害」

1 不運なとりあわせ

 この事案に迫ってゆくためのキーワードは次の三つである。「行為障害」「性的サディズム障害」「愛着の問題」。
 どの一つをとっても対応や治療、そして教育に大きな困難をともなうものであるうえに、これらが三つ巴をなすように入り組んでいる。それぞれに、どういうところが生来の機能障害の存在を思わせるか、どういうあたりに生育環境が絡んできていると捉えられるだろうか。
 ひとつの不運な波が先行し、その上に後発のものが追い付いては重なることで高さを増し、ついに波の頂上が崩れ落ちる。そんな成り行きが映像的に想われる。

2 行為障害の一部は発達障害から

 少年の精神鑑定での第一の指摘は「行為障害(現在の表記は素行障害)」である。
 行為障害とは、「幼児期や十代から始まる行動的・情緒的障害であり、他者の人権または社会的規範を侵害する行動様式が大きく逸脱した程度で繰り返される様態」を言い、これが18歳以上にまで続くまでに至ると「反社会性人格障害」と呼ばれる。米国精神医学会の診断基準(DSM)によるものであり、誰でも観察できる問題行動をたくさん並べ、そのうちのいくついくつを充たせば診断できるという仕組みになっている。学派や国を超えて統計なりを交換できるという利点はあるが、病因・状況因を問わないために具体性を欠き、行為障害という診断名を聞かされただけではイメージが収束せず、身柄をあずかる矯正の現場としてはいらだちを感じることが多い。
 多岐にわたる問題行動は次のようにまとめることができる。
・ 主として、言葉を介さないダイレクトな攻撃(傷害・強盗・破壊・放火など)        
・ 主として、言葉を介する侵害(虚言・詐欺・偽造・窃盗など)
・ 主として、未分化な行動や規則違反(怠学・夜遊び・家出など)
 上からそれぞれ、「暴力性」「虚偽性」「未熟性」が教育や治療のターゲットとなるわけである。
 行為障害の有病率は、調査の対象となったグループでばらつく。一般社会では2~10%前後とされ、女子よりも男子の方に多い。これが少年鑑別所に収容された少年では60%前後となる。鑑別所入所者の20~30%が家庭裁判所の審判によって少年院送致と絞り込まれているから、少年院で調査すればさらに高率の者が診断基準を満たすであろうと推定される。

 行為障害と診断するには、反復と持続のパターンに至っていることが重要であるが、精神鑑定主文に・・・本件非行(連続児童殺傷)は、長期にわたり多種多様にしてかつ漸増的に重篤化する非行歴の連続線上にあって、その極限的到達点を構成するものである・・・とあるとおりである。
 行為障害は、「注意欠如・多動性障害(発達障害の一つ・ADHD)」への適切な対処をしそこなうと、そこから発展してしまう例が臨床上知られている。ADHD→反抗挑戦性障害→行為障害→反社会性人格障害という移行を「破壊的行動障害のマーチ」と呼ぶことがあり、ふさわしい例えかどうかはわからないが、ワカシ→イナダ→ワラサ→ブリと成長につれて呼び方が変わってゆく魚にちなんで、「出世魚現象」といわれることがある。少年の行為障害は、破壊的行動障害のマーチを思わせる連続的な経過を持つということで、発達障害と繋がっている部分があることを示唆している。

 発達障害にいて、もうすこし広く見ておきたい。近年、社会を震撼させるに至った少年による特異な殺傷事件を並べてみる。

① 神戸連続児童殺傷事件 少年A(当時14歳)
 1997年02月 小学6年生女児2人の頭部をショックハンマーで殴打         
 1997年03月 小学4年生女児の頭部を八角玄翁で2回殴打 殺害
 1997年03月 小学3年生女児の腹部をくり小刀で刺す 殺人未遂
 1997年05月 小学6年生男児を絞殺 首を切断して持ち帰って鑑賞
        学校正門前に晒す 警察に挑戦状
② 佐世保女子高生殺害事件 少女B(当時15歳)
 2014年03月 就寝中の父親を金属バットで殴打
 2014年07月 同級生の高1女子生徒をハンマーで殴打のうえ絞殺
        首と左手首を切断
③ 名古屋女子大生殺人事件 少女C(当時19歳)
 2012年05月 同級生の高2女子生徒の飲料水に硫酸タリウムを混入
        殺人未遂
 2012年07月 同級生の高2男子生徒の飲料水に硫酸タリウムを混入
        殺人未遂
 2014年08月 ペットボトルに灯油を入れて知人宅への放火を企てる
 2014年12月 77歳の女性の頭部を手斧で数回殴打 マフラーで
        絞殺 死体を風呂場に遺棄
 2014年12月 知人宅にジエチルエーテルをまいたうえ放火
        殺人未遂

これらを為した少年少女には次のような共通点がある。いずれも精神鑑定を踏まえた家裁審判決定要旨から抽出した。
  
① 「発達障害」が認められる
  安定した対人関係を作るのが困難
   共感性の乏しさ 限局された強い興味 幼い独我性
   衝動性 徹底性 
② 殺人願望
   恐怖感情の欠落
③ 優れた知的能力
④ 周囲に対応を誤られた前兆あるいはSOS
   動物虐待・殺害 前駆的な問題行動 
⑤ 直観像資質者
   少年A 少女B
⑥ 心身の高いエネルギー

 どの事案にも基底に見られる「発達障害」というのは、正確には「神経発達障害」と言うべきで、生来性の中枢神経の機能障害のことをいう。その機能異常が日常の生活や職能上で大きな支障となってあらわれている場合に限って、発達障害という病名が付けられることになっている。
少女Bの精神鑑定においては、発達障害の下位分類の一つである「自閉症スペクトラム」というふうに診断が絞られて挙げられているが、スペクトラムというのは「虹の色のように連続して移行している」ということで、明らかに障害が観られる個体から、いくらか変っているといった軽いレベルのものを経て正常の個体まで、境界線なく連続に移行して現われるという意味である。
 スペクトラムを数字で表した例の一つが知能指数であるが、これに注目しただけでも興味深い現象がみられる。人々の知能指数を調べると、IQ100を頂点に釣り鐘型に盛り上がって連続した分布を示す。
ここで、IQと「交通事故率」との関係を見ると、事故率は釣り鐘をひっくり返したように、IQ100を底辺にしたほぼU字型をした曲線として現われる。自動車の運転は、認知、判断、操作を統合した一刻一刻の現実処理の連続であるから、IQ100ほどの人がもっともスムースに続けられ、IQが低すぎても高すぎてもミスを起こし勝ちがちなのである。

 知的能力が高いということは、集中力が高いということと相関する。そして集中力が高い人は、「気を散らすことを無視する傾向」がある。運転しながら何かに強く集中すると、例えば対向してくるオートバイを網膜は像として映し出しているものの、脳は認知していないことが起こり得る。集中することに秀でた天才や偉人の日常に、通常人から見ると、たとえば靴下や箸のペアを無視して使うなど、とんちんかんな言動がしばしば生ずるのも似たようなことであろう。
ヒトの能力には様々なものがあるが、それぞれが知的能力の場合に見るのと同じように、平均より低くても高くても、日常生活の円滑さという点では支障を生ずることになるであろう。

 発達障害(知的障害・コミュニケーション障害・自閉症スペクトラム・ADHD・特異的学習障害・運動障害・その他の神経発達障害)は生来性の偏倚であり、その多くがスペクトラムをなすから、生命の発育や維持を支える生理的なレベルの社会的基盤が激変しない限り、どのような時代でもある一定の率で現われるはずである。
それぞれの端に位置するような現象があるからこそ生物の進化というものがもたらされるのであろう。本来、価値観や倫理とは無関係なものであるが、ヒトというものが社会的動物である限り、天才としてあらわれることがある代わりに、ときに途方もない棘となって世に突き刺さるものになってしまうこともあるわけである。
 
 一方、生来性の特性つまり遺伝要因がその個体のありようを決定しまうのかというと、これがそうではない。乳幼児期の育ち方、家庭環境、教育環境などの影響の大きさがいよいよ指摘されるようになってきており、それは「遺伝と環境」の項で触れたとおりである。
たとえば、少女Cは事件の約1か月前のツィッターに「・・・これまでの人生を振り返ると、神様が悪ふざけで自分を作ったとしか思えない・・・」と内省的な書き込みをしている。このあたりに成長の過程で得た可塑性がうかがえそうである。家裁は、この少女を保護処分にするのではなく、検察官に送致して通常の裁判(裁判員裁判)への手続きを決定したが、この事案の裁判員たちは苦悩することになるのではなかろうか。

3  発達障害を思わせる当該少年の性行

 少年が入院中の比較的初期に母親によって綴られた手記『この子を生んで・・・』は全編、「どうにも分かりません」という困惑に満たされていて痛々しいほどである。しかし読んでいると、「これは発達障害を思わせるな」といった箇所がいくつかあって処遇の上でも参考になった。

・変わった皮膚感覚やこだわり、忘れ物

 ・・・幼稚園の頃から、変に几帳面なところがあって、服はきっちり着て、夏でも襟のあるカッターシャツをつけ、ソックスをはかないと気が済まない子でした。幼稚園は上っ張りと帽子が制服でしたが、下に着るシャツでも「襟のないのは嫌いや」と言って、シャツのボタンを、首が締まるいちばん上までピチッと自分で止めていました。また夏になって、私が「暑いやろ。ソックスやめたら。上はTシャツでいいんと違う」と言っても、「僕はこれがええんや」と、毎日ソックスをはき、カッターシャツを上っ張りの下に着ていました・・・ 

・・・それと、学校への提出物をしょっちゅう忘れていましたが、全く平気で、そのクセが一向に直らないので、それに関してはよく叱り、忘れる度に口うるさく注意していました・・・

・・・小さい頃から、部屋のベッドの周りにイヌやクマのぬいぐるみを沢山置いていました。喘息になったときに、一度全部捨てて、毛羽立っていない布地のぬいぐるみに変えましたが、それを、中学に入ってもずっと後生大事に持っていました・・・

・・・弟たちと比べても、言葉遣いが昔から丁寧でした。小さい頃から「おはようございます」と、きちんと挨拶のできる子でした。逮捕前、不登校を起こして家にずっといたときも、毎朝二階から下に降りてくると、「おはようございます」と、家族にボソッという感じですが挨拶していました。弟たちは昔から「おはよ、おはよ」と言っていましたが、あの子だけは変わらず、「おはようございます」と、律儀に丁寧な挨拶をしていました・・・ 

 たとえばこのような、皮膚感覚の敏感さや一定の言動へのこだわり、その一方での物忘れの多さなどは、発達障害例に少なからず見られるもので、少年も中学1年時にADHDと診断されたことがあるという。強迫的なところや徹底性も、やがて始まった問題行動群の中にしばしば現われている。もちろん、敏感さや徹底性は多くのクリエイティブな作業にとっても必要な要素であることを失念してはならないことである。

・出世魚現象(破壊的行動障害のマーチ)

 少年を取り巻く世界は小学校5年に進級した4月、いきなりマンホールに転落したように暗転した。敬愛していた祖母を失った直後に、自慰による「精通」を経験するが、通常の男の子であれば芽出度いことであるべきところ、少年にとっては「パンドラの箱」であった。この瞬間から自分の生理の異常に気付き、悩み、母親にも話せず、あるいは母親だからこそ打ち明けられず、一人で流されて異常を拡大させ、ついにはそれを自分の中に棲む「魔物」と規定して恐れたり、頼みにしたり、振り回されたりすることになった。当初、少年はまだこの用語を知らなかったが、「性的サディズム」にがっしりと捕らえられての青春の日々となった。
 破壊的行動障害のマーチを絵に描いたように連打してゆくが、少年の場合、問題行動や非行の深刻化は、性的サディズムと深くかかわっているところが、通常に観られる行為障害の経過と違うところである。

 小学5年、ナメクジとカエルの解剖を始め、小学6年にはネコを殺すことに発展した。いずれも性的なうずきを自覚している。ネコの舌を切り取り塩漬けにして記念品とした。20匹ほどを殺したが、親にバレルことは一切なかった。グループで万引きをし、少年はナイフやオノなどを盗んだ。

 中学1年、他の校区の小学生の自転車のタイヤを切り刻んでパンクさせた。また同級の女生徒の体育館用のシューズを焼却炉で燃やした上に、カバンを男子トイレに隠す。これには母親も驚いている「・・・さすがの親バカの私でも、カバンを隠すぐらいならまだしも、靴を燃やすという度はずれた執念深さにショックを受けました・・・」とある。

 中学2年2月、小学6年生の2人の女児の後頭部をショックハンマーで1回ずつ殴打し、1人には加療1週間を要する外傷を与える。同年3月、小学4年生の女児の頭部を八角玄翁で2回殴打し、頭蓋骨粉砕骨折を伴う高度の脳挫傷によって死に至らしめ、さらに同日、小学3年生の女児の腹部をくり小刀で突き刺し、加療14日間を要する下大静脈損傷等を負わせた。                                               中学3年に進級して5月、小学6年生の男児を付近の山に連れてゆき、後ろから腕と運動靴の紐で首を絞めて殺害した。のち、金鋸で首を切り落として持ち帰り、鑑賞し、翌々日に中学校の正門の前にさらした。

 かねて少年は自分の内の「魔物」の一部を、夢の中に現われた「バモイドウキ神」という映像に移し替えて外在化する操作をすることで、苦しみと恐怖から逃れようと画策していたが、最後の一連の犯行の直後にバモイドウキ神への報告という形で書かれたものが凄まじい。家裁審判決定書に次のようにある。

 ・・・ぼくは「お礼を言いたいのでこちらを向いてください」と言いました。そして女の子がこちらを向いたしゅん間、ぼくはハンマーを取り出し・・・ゴキッという音が聞こえました・・・公園を通って先回りし、道から歩いてくる女の子を通りすがりに今度はナイフをつかってさしました。まるでねん土のようにズボズボッとナイフがめりこんでいきました・・・今回の「聖なる実験が」うまくいったことを、バモイドウキ神さまに感しゃします…今回の実験で(人間というのは)意外とがんじょうだということを知りました・・・

 非定型の発達をした人はしばしば独特な発想をし、それをとことんまで突き詰めることがあるけれども、それがもっとも悪い形と方向に出てしまった極め付きともいうべき例の一つであろう。
  
 ・直観像資質

 少年は「直観像資質者」である。「一度見た光景や画面を、時を置いたのちに、再び眼前に鮮やかに蘇らすことができる」という能力を持っている。随意に見ることができるところが幻視とは異なるものである。ヒトでは幼少時には普通にみられ、通常は思春期以前に消失するという。京都大学霊長類研究所によると、チンパンジーの幼獣にもこの能力はあり、それどころかチンパンジーの子供の映像記憶力はヒトの成人を上回ると考えられている。ヒトは言語中枢を得ることによって自然界の事象を抽象的に把握する能力が発達したために、映像記憶能力が衰えたとも考えられるという。
 母親の手記にもある。少年は暗記力が良く、画数の多い難しい漢字も一度見ただけですぐ書けたこと。いろんな文章を覚えていて、読書感想文などでは、それを引用しながらスラスラと流れるような読みやすい文章を書いていたこと。百人一首を一晩で暗記したこと。事件の前年の「母の日」に、押し入れの中から捜し出してきた父母の結婚式当日のスナップ写真をしばらく眺めたあと、自分の漫画用のスケッチブックの裏面に、花嫁姿の母のドレスや髪飾りやブーケ、緊張した表情などをそのままに一気に書き上げてプレゼントしてくれたこと。
 警察での初期の取り調べの中での驚くような図面の正確性や供述のぶれのなさ。続いた精神鑑定でも同様なことが確認されている。
 この資質は、「視覚」を中心にして変転するような少年の言動とやはり関係がありそうである。映像や造形を好み、それらへの反応が素早く、直観的で、連鎖した新奇な探求が多動的に続き、衝動的である。たとえば小学6年の男児を殺害したとき、まず腕を首に回したが思うような効果がない、とっさに自分の靴紐を解いて使うことを思い付く、殺害を遂げた日の夜中に男児の首を金鋸で切り落としてみたいという衝動に駆られる、もっとゆっくり鑑賞したくなって首を自宅に持ち帰ることを考え付く、その途中に3名の捜索隊員と出会ったので首を木の根元の穴に隠す、自宅の風呂場で首を洗っているうちに犯行声明文を口にくわえさせて中学校正門前に置くことを思い付く・・・。というように、数理的というよりは感覚的に行動が連鎖して徹底性を増して行っている。

 2014(平成26)年に佐世保市のマンションの一室で同級生の少女を惨殺したのち首や手を切断し、さらに胴体部分に切り傷を残すなどの事件を起こした女子高生がいたが、家庭裁判所の審判決定要旨によれば、この女子高生も「発達障害(自閉症スペクトラム)」と診断されるうえに「直観像資質者」であり、犯行の本体は「快楽殺人」とされている。またこの少女には、「恐怖心」というものが全く欠落していることを指摘している。神戸の少年と共通する障害と資質があるらしいところが、犯行の類似性と重なって気になるところである。
 一方、直観像資質を生涯にわたって備えていた著名な天才は少なくない。
 谷崎潤一郎…文学、サルバドール・ダリ…絵画、山下清…絵画、フォン・ゲーテ…文学、アルトゥール・ルービンスタイン…音楽、などなど。オーケストラの指揮者などに膨大な楽譜を映像で捉えている人がいるという。理論や資料をじっくりと積み上げるというより、やはり直観や感覚で勝負するという分野に多いのだろうか。谷崎潤一郎とダリには性的に偏倚したところがあり、それが天才の中核をなしているとする人もいる。

 4 行為障害の項のまとめ

 母親の手記などによると、生来、少年には発達障害が存在したと思われる。これがいわゆる「破壊的行動障害のマーチ」を辿って「行為障害」にまで発展し、その人格には、共感性の乏しさ、限局された強い興味と徹底性、幼い独我性、衝動性、恐怖感情の欠落、心身の高いエネルギーなどが特性として捉えられるまでに至った。その経過には小学5年生の春に自覚することになった「性的サディズム」への動顛が深く影響を与えており、加えて、少年に備わった「直観像資質」は、感覚的に新奇な探求に走りやすい傾向と関係があるであろう。第1の診断である行為障害の形成に、性的サディズムがすでに濃く絡まっているところが対応の難しさを予感させる。

ロウボウ

投稿者: ロウボウ

長い間たずさわってきた少年矯正の仕事を退官し、また、かなりの時が経ちました。夕焼けを眺めるたびに、あと何度見られるだろうと思うこの頃。 身近な生き物たちとヒトへの想いと観察を綴りたいと思います。

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