神戸連続児童殺傷事件 Ⅸ 「処遇のまとめ」

1 理解と処遇を一貫したもの

 少年は乳幼児期に母親との間で生じた「愛着の問題」を抱えつつ育ち、追い打ちをかけられるように、小学5年時に自分の「性の異常」に気付いてしまう。これが決定的な打撃になった。得体の知れないものを抱えて孤独に苦しみながらも、いくつかのSOSを発信するが誰にも気付いてもらえなかった。
 理解や慰めや支え。これらを母親からこそ得ることを渇望したが、強いためらいと成り行きへの恐怖を伴った。渇望と恐怖との葛藤の中、あちこちにぶつかりながら転がり落ちてゆく。本件非行がその到達点であったが、そのとき母親へのいらだちが爆発し、少年鑑別所で罵声を浴びせている。
「なんで来やがったんや!はよ帰れ、ブタ!」。
 困惑しながらも説明を求める母親に、なお自分の口で自分の正体をはっきりと告げられず、自分ともども、少年は母というものを一旦は見限ったと思われる。「母さん、知らん方が幸せなこともあるやろ」というのは、ある意味、思いやりを含んだ決別の言葉である。
 このようにして医療少年院には、社会を捨て、自分を捨て、求めながらも親をも諦めた状態で入院してきた。 “神戸連続児童殺傷事件 Ⅸ 「処遇のまとめ」” の続きを読む