カラスザンショウとメジロ Ⅱ


 カラスザンショウ」を訪れるメジロたちの様子を楽しませてもらってから、あっという間に季節は一巡り。ひときわ綺麗に色付いたこの年の木の葉も落ち切りました。

 冬の日、前の年に私なりに多少の縁のできたカラスザンショウの樹を訪れようとすると、なんとまあ、かつての遊歩道を兼ねた山道には笹竹が侵入しており、「楢枯れ病」のために倒れてしまった大木が幾本か道を塞いだままになっていて、子犬と私が通り抜けるのに苦労させられました。わずか一年という間にこれです。大人も子供も外を歩かなくなっているとみえます。
 けれど、あのカラスザンショウの大木は前の年のとおりの所に立っており、高い枝先に付いた房状の実はどれも灰色に乾いていて、メジロたちがほとんど間を置かずに訪れて来ていました。房から房へ、せわしなく移って行ってます。

 本来、メジロは甘い花蜜や樹液や果肉が大好物なのですが、そうした物にありつけるのは難しい季節とはいえ、どうして乾いたカラスザンショウの実に集まるのでしょう。

 今度も、地面に落ちていた房状の実を持ち帰って観ることにしました。

A:カラカラに乾いた外皮
 私たちにお馴染みのサンショ(山椒)では、このように乾いた外皮を荒い粉にして「コナザンショウ(粉山椒)」とし、痺れるような辛みと爽やかな風味を楽しみます。あのウナギの蒲焼には欠かせないものですし、ご存知のように、焼き鳥、丼物、七味唐辛子などにも使われます。日本独自のスパイスとして外国でも注目されつつあるということです。
 持ち帰ったカラスザンショウの外皮(A)を噛み砕いてみると、コナザンショウとまではいかないまでも、似たような刺激が感じられました。サンショオール(痺れと辛味)、シトラネロール(爽やかさ)といった成分を共通して含んでいるのでしょう。
 この乾いた外皮はメジロたちの目当てではあり得ません。御覧のように手付かずで残されているのですから。

B:外皮の中に残っている黒い実
 房のほんのところどころに、外皮の中から黑い実(A+B)をのぞかせています。この黒い実(B)を取り出してみると、表面に不規則な皺が寄っているのが分かります。

C:皺のある薄い皮
 Bはほんの3mmほどの大きさですが、摘まむと、さして抵抗なく薄い皮(C)は剥がれて、その中から黒くて堅い実(D)が出てきます。Cは手触りが柔らか目で、薄く少量のため頼りないものの、口に入れてみるとグニャグニャした感じで、わずかに甘みがあるかなというだけでした。私の味覚に依る限り、これといった旨味があるわけではありません。

D:光沢のある黒くて堅い実
 最後に残った黒い実(D)。噛むと潰れはするもののジャリジャリと砂を噛むように崩れるだけで、なんの味も香りも感じられません。

 というわけで、メジロたちが当てにしているのはC(皺のある薄い皮)であるだろうとせざるを得ません。薄い皮を被った実を食べて、薄皮の部分だけを消化し、核のような黒い実(D)はそのまま排泄している(種子を撒き散らしてもらえるのでカラスザンショウにとっては有難い)ものと思われます。
 腹の足しになるのは至って少量ずつであるだけに、メジロたちがあちらこちらと房を飛び移る様子もさてこそと頷けます。同じように甘いもの好きであるヒヨドリが枝の間を目もくれずに通り抜けてゆく写真も撮れました。大型のヒヨドリにとっては付き合っていられない量なのでしょう。野武士さながらなヒヨドリには例えば里山の白菜やブロッコリーなどが待っております。

 冬も一月から二月の初め。甘いもの好きのメジロにとっては厳しい時期であるはずです。残り柿は落ち尽くしており、木々の樹液もまだ動かず、梅や桜の花蜜を当てにするには早や過ぎるのです。少量ずつではあってもカラスザンショウが残してくれている薄皮をも当てにしなければならないのでしょう。

 私にはどうということのない薄皮には、メジロたちにとっては特別な官能作用をもたらす成分(未知のアルカロイドなど)が含まれており、それがメジロたちを引き付けるのだ・・・である方がロマンチックなのですが、残念ながら私には知ることが出来ません。

近くの紅葉と残り小柿 訪れる小鳥たち


近くに小さな公園があり、そこへは幅一メートル半ほどの急な坂を上って行きます。坂を上り切るかというあたりに一本のひょろりとした柿の木が立っていて、この年はどういうわけか、ピンポン玉より少し大きいほどの小柿を沢山実らせました。秋が早足で進んだせいか、この近辺の紅葉も例年よりも鮮やかでした。

 公園に向かう坂道は、近辺の学校に通う学童、多摩モノレールの駅へ近道する人、グラウンドゴルフを楽しむシニアのグループ、それにそうそう、強豪で知られるT大学ラグビー部の屈強な面々(真っ黒に焼けて冬近くまでTシャツとハーフパンツ、にこにこして子犬に挨拶してくれる)などに結構に利用されます。人気にもかかわらず、道の上に被さるような小柿を多くの小鳥たちが訪れました。見かけによらず味の何かが好ましかったのでしょう。

なんといっても 先ずはメジロ
 一番手は、なんと言ってもメジロ。甘い果実や果汁好きということでは定評があり、ここに載せた動画でも、ねっとりして見える赤い果肉をさらうように食べ続けています。マナーが良いのです。次から次へと実をつつき廻すということをせずに、ひとまず満腹するとあたりの林で腹ごなしをして来て続きを食べるといった様子がうかがえます。群れを成していることが多いのですが、みんな上品です。


次いでこわもて野武士風 ヒヨドリ
 ぐんと小さく見える果肉を引きちぎるように食べています。
 ヒヨドリはメジロの3倍はあろうかという体格で、クローズアップすると「なるほど鳥類は恐竜の直系の子孫だな」と納得させられる迫力を放っており、それにふさわしく優れた飛翔能力を備えていて、少なくとも里山では他の野鳥を圧倒しているように映ることがあります。それでいてどちらかというと菜食主義者であるようで、冬も押し詰まって木の実を食べ尽くしたとなると、畑のハクサイやブロッコリー、伸び始めたエンドウの芽などを荒らすようになります。


けっこう美味しそうに シジュウカラ

 お馴染みのシジュウカラも雑食性ですが、動物性のものか堅い実を好み、早春に咲くウメやモモに来ることがあるものの、常連客のメジロが花蜜を吸い集めているのに対して、よく見ると、その頃に動き始める枝先のアブラムシなどをつついていることが多いのです。やはり春先に咲くコブシに集まったヒヨドリが柔らかな花弁をむしゃむしゃと食べていることがありますが、シジュウカラの目当ては花の付け根の虫なのです。
 ここでは、ちょっと味見に寄ってみた風ではなく、本気に食べています。この小柿は特別な風味があるのでしょうか。


珍しく コゲラ

 コゲラも雑食性ではあるけれど、最も小柄なキツツキとは言え、やはり木をつついて虫をほじり出して食べるのが普通です。エナガ、メジロ、シジュウカラ、ヤマガラなどと混群を作り、そのしんがりを務めながら移動して行くのがしばしば見られるように、他の野鳥たちが集まるところに魅かれるようです。エナガが枝先に、ヤマガラが小枝周辺に、シジュウカラは何処でも屋さんですが、・・・木々や林を群れが取り囲むと虫たちがパニック状態になるので、鳥たちが餌を見付けやすくなるから混群をなすのだろうというのが私めの推測です。キツツキにしても虫を掘り出し易くなるのでしょう。シベリアから渡ってきたばかりのツグミの群れが残り柿に群がっているところに、大型のキツツキであるアオゲラが顔出し程度にやって来たのを見たことがあります。
 この残り小柿にやって来たコゲラは、口直しやデザートというよりも、メインディッシュのような勢いで食べています。珍しいことだと思います。

 野鳥は大体が雑食性ですが、ここに登場する小鳥たちを樹液や果肉を好む順に並べれば・・・メジロ>ヒヨドリ>シジュウカラ>コゲラ・・・となりましょう。
 残り柿がすっかり落ち切ると、いよいよ冬本番です。

 

アカメガシワとカラス

真夏の木の実にカラスの群れ

真夏も8月中旬という猛暑。昼近く、右手の木立が騒がしく動いているようなので見上げると、緑の濃い中にカラスが群がっています。ハシボソガラスですが、何やら旬の好物をあさっているようでした。
カラスと言えば、生ごみの袋を食い散らかすありさまに見るようにふてぶてしさが圧倒的なイメージですが、この樹に取り付いている様子もおしとやかとは言えないようです。ゆさゆさと枝を揺すり、房状に実った黒い実をかき集めてむしり取っているように見えます。

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カラスザンショウとメジロ


カラスザンショウ(烏山椒)

 1月下旬、冬も真っ盛りの空が群青の蓋のように硬く見える日のことです。
子犬と一緒に落ち葉を踏みながら山道を行くと、トンネル状に笹竹が迫っていた向こうは明るく開けており、その少し手前に、沢山の小さな実を枝先に残している落葉樹がありました。

 そこにメジロの群れがやって来ています。
 大小の団子状に固まっている実は、カラカラに乾いて口を開けている小さな灰色の果皮が集まっているもので、その小さな灰色の粒の中からさらに小さな黑い粒が顔をのぞかせているように見えます。小枝には鋭いトゲがあるのも映っています。

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バン 水かきの無い水辺の鳥


ゆったり 静かな水辺で

「バン」は、ハトよりも少し大き目の「水辺の鳥」で、池や湿地や水田などに棲み付いているのが見られます。
「クイナ」の仲間であるだけに、陸に上がった姿は脚が長くてスマートに見えるのですが、水に浮かんでいる様子はずんぐりむっくりしており、動きもゆったりしていることが多いようです。

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アオバト Ⅰ 三悲鳥(?)の筆頭


まずは 日本三鳴鳥

 「三鳴鳥」という呼び方が何時の頃からかなされており、ウグイスコマドリオオルリがそれとされています。

 あらためてそれぞれのさえずりを聞いてみると・・・なるほど、ウグイスもコマドリもオオルリも・・・鳴き声は力強く、明るく、透明で、聞くものの心を揺さぶります。
 例えばウグイスについては古くから「鳴き合わせ」という何日間も持ち回る競技があり、ことに江戸時代には盛り上がったということです。ある年、江戸本郷の八百屋の主人のウグイスが、同じ町内である加賀の殿様が飼っていたウグイスに鳴き勝ったことがあり、八百屋さんは「ウグイスや百万石もなんのその」と詠んで喝采を受けたことがあるそうです。士農工商の縛りの中で、よほどの快挙だったのでしょう。
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ちょっと見マツボックリ トラフズク


巨大なマツボックリ?

「この冬もトラフズクの群れが来ている」と教えてくれた人が居たので、早速、訪ねてみました。

多摩川の河川敷からわずかに離れて、剪定などの手を入れてない松の木があり、入り組んだ枝の間をすかすと、40センチもあろうかという巨大なマツボックリがむっくりむっくり・・・。

あちらこちらから見通すと、一つ、二つ、三つ‥…六つ。松の肌や枝によく馴染んでいて、どうしてもマツボックリです。

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レンジャクの混群 遠望


春も五合目

 満開を過ぎたの花殻が枝にこびり付いたようになり、代わって、の花芽がはち切れそうに太ってきている頃の或る朝、多摩川の岸辺に小石を拾いに行きました。
愛犬モッチ(子犬)も春は嬉しいらしく、庭に出してやると喜んであちこちをほっつき歩くのは良いのですが、家の中に戻そうとするとき、足の裏を拭いてやるのが大変になってしまったので、庭のここぞという所を小石で敷き詰めてしまうのが良かろうと考えたからです。

あれ ナスが巨木の枝に?

バケツにほどほどに小石を入れてサイクリングロードに戻ろうとしたとき、川沿いに連なっている落葉巨木の梢近くのひとつに、丸っこいものがいくつか並んでいるのに気が付きました。じっとしています。

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残り柿に来る鳥たち 動画編

 

柿の木を舞台と鳥の揃い踏み
「柿の当たり年」というものがあるとみえます。
東京都の多摩地方だけのことかもしれませんが、この秋も深まると、たわわに実を付けた柿の木が目立つようになりました。
柿たちは「今年はみんな頑張って沢山の実を付けましょう」とでも声を掛け合うのでしょうか。不思議です。
いずれにしても、熟し柿をたっぷりいただけるのですから、野鳥たちにとっては有難いことです。

遠来のツグミを癒やせ残り柿
別れ前のツグミの宴柿たわわ “残り柿に来る鳥たち 動画編” の続きを読む

憧れの「ツミ」

日本で一番小さい猛禽類

ようやく、出会いました。
初夏の林の中。左手から飛来して、少し離れた枝に止まった鳥の影。
キジバトかと思いましたが、身体を斜めに倒して止まることの多いキジバトと違って、太目の身体をまっすぐに立ててこちらを見ています。

「ツミ!」
日本で一番小型の猛禽類。
画像の1枚だけを見ると、達磨さんのようにどっしりと大きく感じられますが・・・小柄なのです。
スズメのように小さい鷹ということで、漢字では昔から「雀鷹」と書かれ、スズメタカというのがススミタカに、次第に短く詰まって、ススミ、スミなどとなり、何時の頃からか「ツミ」となったということです。

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