日本と北欧と世界 日本だってやれるぞ!  そのⅩ 私の精一杯の提言

この記事は「日本と北欧と世界 日本だってやれるぞ!」を下のように分割したものの、そのⅩです。

そのⅠ ある中年カップルとの会話
そのⅡ 自然災害と天然資源
そのⅢ 来た道 似たところと違うところ
そのⅣ 自然との向き合い方について
そのⅤ デザインについて
そのⅥ 世界の目と自身の目
そのⅦ 日本の今の豊かさ 「貿易立国」から「投資立国」へ
そのⅧ なぜ日本は「最高の国ベスト3」に入るのか
そのⅨ 北欧よりも日本にあるもの
そのⅩ 私の精一杯の提言

私の精一杯の提言

若い方々にお願いするばかりではなく、老いたるとはいえ、私自身も次のようなことに留意したいと思います。

1 今の日本を正しく捉えよう
2 今の方向を維持するのが正解 平和の維持は必須
3 姿勢を正しく 胸を張ろう
4 社会にぶら下がるのではなく 納得のいくように変えてゆこう
5 「日本生徒会大賞」を「インターハイ」「甲子園」並みに盛大にしよう
6 まとめ

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私考ヴァイキング船 運命の舟の興亡


海よ

初めてボートに乗り移った時のことを憶えています。おそるおそるでした。
足のすくみがそのまま伝わってしまうように敏感に揺れるので、すぐに座席にへたり込んでしまったのですが、山奥の小さなダムの水面から見上げる景色は普段とは全く違ったものでした。遠い少年の日の不安と憧れ。そうです。揺さぶられるようだったのを憶えています。

私は山国で育って長く過ごし、大学を終えてから上京しました。汽車がひどく混んでいて、客車と客車の連結部分に立ちどおしだったので、トンネルに入るたびに、まだ熱の残った石炭臭い煙にたっぷりと燻しあげられたものでした。
数か月経っての夏、新人歓迎旅行というのがあって、伊豆の海を見ることができました。夜の宴会で挨拶の順番が回ってきたときに、「私は山国で育ったので、海が懐かしくてなりません」と切り出したところ、座がどっと沸いて、先輩の一人が「それを言うなら・・・海が珍しくてなりませんというのだ!」と大声を上げたものです。
けれど、今でも思うのです。間違っているのは先輩たちなのです。いくら山国で育ったとはいえ、私はすでに知っていました。かつて海は、今よりも圧倒的な主役であった時があり、生命はさまざまに生まれて溢れ、その一部が陸に上がって私たちの祖先になったのです。海を懐かしんではいけないわけがありません。

ある時、溺れそうになった人が、偶然、そこに浮いていた木片にしがみついて助かった、というのが始まりだったのでしょう。人のなした最も重大な発明の一つに、舟があります。
長い時をかけてじりじりと、時に天才的な着想によって飛躍的に進化し、丸木舟という形になったのは1万年ほど前のこととされています。
それからの人の歴史は時々の舟のありようと密接な関係があります。文化が船を作り、舟が文化を造る。この壮大なサイクルは複雑で、どちらが頭でどちらが尻尾なのか、分からなくなってしまうほどです。
私は思います。海を渡りたくて船を作ったのではなく、それだけの船があるから、海に出たいと願えるようになったのです。舟が先なのです。ことの始まりは、溺れそうになった人の目の前に木が待っていたのですから・・・。

物を運搬する効率がずば抜けて良いというのが、舟の一番の凄さです。抜け目のないヒトが放っておくわけがありません。
漕ぎ手1人で5トンの荷物を積んだ舟を進めることができ、帆を使えばさらに多くのものを運ぶことができます。現在、航空機(ジェット貨物機)の運搬効率を1として比較してみると、トラックがおよそ8〜10倍、コンテナ船およそ100倍、石油タンカーおよそ800倍という計算があります。今でも私たちの生活の基盤を支え続けており、うっかりすると命運に係わっているのだと分かっていただけると思います。

ダブルカヌーとヴァイキング船 南太平洋と北大西洋

今からおよそ1000年前といえば、日本では平安時代に相当していて「古今和歌集」「源氏物語」といったふうに比較的穏やかに印象されますが、北大西洋と南太平洋では同じ時期に、大きな海の活動がなされていました。
北のそれは「ヴァイキング時代」と呼ばれる世界史の一時代を画したきらびやかなものであったのに対し、南のそれは「ホティマツア」と伝承されている男が率いた、たった一度の、ポリネシアの島から東方に向った航海でした。
ホティマツアの航海はたった一度でしたが、私の心の中の天秤では北と南の二つは同じ重さなのです。ブログで別に記事にしたように、彼が祖になって残したイースター島の巨石像たちは、絶海の孤島という一点に封じ込められていたにもかかわらず、ものの興廃を超えた何かを見据え続けているように思えるからです。
それぞれの主役であった、ダブルカヌーとヴァイキング船を取り上げてみたいと思います。

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コロナ疲れのみなさんへ


自粛とコロナストレス

自分は、80過ぎて畑仕事に勤しむ農夫です。
腰を痛めていますが、膝を曲げたり伸ばしたりする動きにはあまり響かないので、晴れた日には、ああ、また畑にいけるな、と思います。
空を見上げるのが好きです。空を自由に飛び回る鳥が大好きです。

さて、最近、SNSというものをやる娘から、新型肺炎の来襲がストレスになって心身のバランスを崩してしまったり、鬱になってしまっている人が多いと聞きました。
当たり前だと思います。

私は、80歳まで、精神科医として務めてきました。
経歴の40年ほどは法務省で、罪を犯した少年少女たちの育て直しと支援に関わり、植物で言えば、適した土と、適した時に水をやり、持っている生きるチカラを最大限に活かそうという仕事に携わりました。
そのあとの15年は街の精神科医として友人のクリニックに務めたのです。
そんな経験から、この、今までにない出来事で、人々が心身に影響を受けないはずがない、と言い切れます。
植物で言ったら、急に新しい環境に置かれ、どうしたらよいかわからなくなってしおれている、とでも例えられるでしょう。

まずは、その状態を受け入れることです。
おかしくなって当たり前。
コロナが降り懸かってきている異常な事態を受け入れましょう。
怖がっている自分を受け入れるのです。でも、けど、だけどではなく、怖いという気持ちを受け入れましょう。
まずはそこからです。 “コロナ疲れのみなさんへ” の続きを読む

イースター島 ロンゴロンゴ私考


大海原

これまた、かなり前のことになりますが、「大いなる西部」というハリウッド映画がありました。グレゴリー・ペックとチャールトン・ヘストンが共演した、後味のさわやかな作品でした。
東部で船の船長をしていた主人公の男が、招かれてテキサス州を訪れ、近隣の大牧場主たちが催してくれたパーティーで話しかけられます。「広いだろう、こんなところ他にはないからね」 すると船長は返します。「いや、あります」 「どこに?」 「海です」・・・・・座が白けてしまいます。

前のブログで大平原を取り上げましたから、今度は、大海原の旅に思いをはせてみたいと思います。

太平洋の島々

まず、太平洋を中心にした地図です。
薄いオレンジの線でに囲ってある範囲で、ポリネシア語などを含む「オーストロネシア語族」と分類される言葉が使われています。その範囲は、北端は台湾、南端がニュージーランド、東端がイースター島、西端はアフリカ大陸近くのマダガスカル島、に達するという広大なものです。

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コロナ疲れの皆さんへ:農夫からのお返事


自粛とコロナストレス

みなさんその後いかがお過ごしですか。

数日前、わたくしは、コロナ疲れで苦しいおもいをしていらっしゃる方が沢山いるという話を娘から聞いて、ささやかなメッセージを託しました。

それが、SNSというもので皆さんに届けられると・・・思いもかけず、張り詰めた風船に、私が針を刺してまわるということになってしまったらしいのです。うろたえてしまいました。
なんと多くの人が張り詰めて生きているのでしょう!

その音色はさまざまでしたが、一つの例外もなく、私からのメッセージを受け取り、かみくだいて、まっすぐに返してくれるという、しなやかさで包まれた魂の叫びでした。

そこから一歩を進んで、
「泣いたら、すっきりしました。明日から、また私を必要としてくれる方々のために、頑張ります」
このような気持ちを私に返して下さった方のどんなに多いことでしょうか。

ぐっとこみあげてくるものを押さえなければならないことが幾度もありました。

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草原へのはてしない憧れ 「大草原の小さな家」


「大草原の小さな家」シリーズ

全9冊と関連図書。私も大好きです。
アメリカ開拓時代の圧倒的な自然を生きる、つつましく不屈な一家の年代記。

幌馬車の旅、猟、耕作、家畜の世話、料理、冬の備え、天災との闘い、丸木小屋の手作り・・・。それでいて、折々を楽しむ感性。一刻一刻が輝いています。

ローラ・インガルス。何時も目をまんまるにしている女の子。
この子が明るく語るのですが、天性の観察が行き届いているので、当時の日常の様子を知ろうとするのには、一級の資料になっているようです。ガース・ウイリアムズによる絵も素晴らしいものです。

ことに、母さんが作ってくれる料理についての語りが面白いうえに正確なことから、「小さな家の料理の本」といったレシピ集などが作られており、これらすらが、世界中で読まれているようです。

料理ばかりではありません。
猟銃の手入れの仕方、鉛の弾丸の作り方、罠の扱い方、獲物の処理の仕方、燻製の方法、馬や牛の扱い方、メイプルシロップや蜂蜜の収集と精製の仕方、丸木小屋の組み上げ方、暖炉の積み上げ方などなど・・・幼い女の子が、よくぞここまで見ていたもの・・・、レトロでアナログな大人にとっても、たまらないことの連続です。相応に想像を働かさなければならないところが、また、良いのです。

ログハウスの驚嘆

北方の「大きな森」からはるばる幌馬車の旅(最初の長旅)を続けてきた一家は、中南部オクラホマ州の一点に着きます。何も無い大草原でした。父さんがいきなり叫びます。「ここだよ!さあ、ここに家を建てよう」。1869年(明治元年)のことでした。

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虫からの警告? エール?


庭に置いてある小鳥の餌台が崩れかけてきたので、少し大き目なのを作り直しました。

できれば、屋根をヒワダ葺きにしてやろうと、杉か檜の倒木を当てにしていたところ、晩春の一日、里山の林の中で絶好なものに出会いました。
朽ちつつある杉の丸太でした。

丸太の表面に

厚い杉皮を簡単に剥ぎ取ることが出来ました。
すると、ボロボロと落ちる粉状の屑に続いて、どう見てもアルファベットの綴りとしか見えないものが目に飛び込んできました。

高さ4㎝ほど、綴りの長さ40Cmほど。樹の皮と幹の表面との間を、くねくねと、確信ありげに・・・(姿が見えないから名前も分かりません)が喰い進んだ跡でした。

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風の中の 「ウグイス」


声はすれども、姿は・・・?

「梅にウグイス」とよく言われるように、ウグイスは昔から、のどかな春の景色の千両役者とされています。
どうも、これは作られたイメージです。ウグイスは、まず、梅の花を訪れません。
(梅の花の蜜が大好きなのは、メジロ。取り違えられるのも無理はありません。一回り小型ではあるものの、ウグイス色に近いダークグリーンをしているので、つい思い入れが先走ってしまうのでしょう。メジロは、群で行動することが多く、なによりも、目の周囲が白いリングでくっきりと縁取りされているので見分けは容易なのですが)

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こってり好み 「シジュウカラ」


シジュウカラ 頑張る

シジュウカラはスズメほどの大きさの小鳥です。
モスグリーンのジャケットに白いチョッキ、黒い巾広のネクタイ、といった装い。春先に巣を構えるころ、「ツツピン ツツピン」と力強く響くオスのさえずり・・・。
「ああ、あれか」と思い当たる人が多いと思います。

ちょっとした林があれば、住宅街の公園などでも個体数を増やしつつあるようで、このところ減少の目立つスズメよりも多くなっているのでは、と感じられるほどです。小さいけれどエネルギッシュで逞しいのです。

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菜食主義者 ヒヨドリ


灰色の野盗

里山を荒らしまわる灰色の野盗の群。
これがこのところ元気印の「ヒヨドリ」の印象です。「ヒーヨ!ヒーヨ!」と甲高く鳴き交わしながら、チームワーク良く見張りを怠らず、あちらのブロッコリー、こちらの柿、ついにはエンドウの苗までをターゲットに荒らしまわります。首をかしげてこちらを窺っているときなどは凄みが効いていて、「なるほど、鳥類は恐竜の子孫なんだ」と感じ入ることがあります。

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