安心して良いよ 若者の半分は君のよう
私と妻も後期高齢の日々をよたよたと送りつつある老人だけれど、実は二人ともかつては君と同じ側のグループに属していた。それが「今が一番幸せだ」と思っている。ボケのせいもあるだろうけれど、そればかりではないと思う。よかったら、お付き合いをお願いしたい。

長い間たずさわってきた少年矯正の仕事を退官し、また、かなりの時が経ちました。夕焼けを眺めるたびに、あと何度見られるだろうと思うこの頃。
身近な生き物たちとヒトへの想いと観察を綴りたいと思います。
生き物はひとつ 世界のなかま
安心して良いよ 若者の半分は君のよう
私と妻も後期高齢の日々をよたよたと送りつつある老人だけれど、実は二人ともかつては君と同じ側のグループに属していた。それが「今が一番幸せだ」と思っている。ボケのせいもあるだろうけれど、そればかりではないと思う。よかったら、お付き合いをお願いしたい。

長い間たずさわってきた少年矯正の仕事を退官し、また、かなりの時が経ちました。夕焼けを眺めるたびに、あと何度見られるだろうと思うこの頃。
身近な生き物たちとヒトへの想いと観察を綴りたいと思います。
何時までも、こうした光景が見られますように・・・。
思い当たるままに、身近に見られる光景を季節ごとに分けて並べています。
夏と秋に続いて、冬の景色として「ツグミたち」「エナガの群れ」「コサギの群」 を挙げてみました。
餌をあさるツグミの群れ
ツグミは、ユーラシア大陸の北東部のシベリアなどで子育てをし、秋も深まると南下して日本列島などで越冬する、存在感のある中型の鳥です。
海を渡って日本に到達し、背骨のように連なっている山々を越えるまでは大きな群れを組んでおり(旅の安全のために有利)、冬が深まるにつれて群れを解いてほとんど一羽ずつに分かれて過ごし、やがて北に向かう時期になると再び集合して行動するようになります。
群れて落ち葉の下の木の実を食べ合っている光景は初冬のもので、夢中になって旅の疲れを癒そうとしているように見えます。
長い間たずさわってきた少年矯正の仕事を退官し、また、かなりの時が経ちました。夕焼けを眺めるたびに、あと何度見られるだろうと思うこの頃。
身近な生き物たちとヒトへの想いと観察を綴りたいと思います。
「バン」は、ハトよりも少し大き目の「水辺の鳥」で、池や湿地や水田などに棲み付いているのが見られます。
「クイナ」の仲間であるだけに、陸に上がった姿は脚が長くてスマートに見えるのですが、水に浮かんでいる様子はずんぐりむっくりしており、動きもゆったりしていることが多いようです。

長い間たずさわってきた少年矯正の仕事を退官し、また、かなりの時が経ちました。夕焼けを眺めるたびに、あと何度見られるだろうと思うこの頃。
身近な生き物たちとヒトへの想いと観察を綴りたいと思います。
私たちの列島は、龍が横たわったように南北に細長く伸びているので、亜熱帯から亜寒帯までの自然がうまく連続し、四季が豊かに現れます。
その7割ほどが複雑な形をした山地であることから、例えば秋、「こんなに多くの鷹たちがいったい何処に住んでるの?」と思われるほどの「鷹の渡り」と言われる光景が各地で見られます。秋晴れの向こうの連山の上に「蚊柱」ならぬ「鷹柱」が立って巻き上がるありさまは、心が放たれるような感動を与えてくれるものです。
夏編の続きとして、「樹の上で獲物を食べるミサゴ」「薄の群生や林」「秋のカワセミ」「和太鼓の練習」など、秋の光景を幾つかピックアップしてみました。
どれも身近なものですが、当たり前のようでいて、なかなかそうではありますまい。ミサイルやドローンや砲弾などが飛んでこないこと・・・これは勿論ですが・・・私たちが注意深く守ってきた平和と平穏の全体が収斂して、こうした光景となって現われているのだと言えそうです。誇りに思います。
長い間たずさわってきた少年矯正の仕事を退官し、また、かなりの時が経ちました。夕焼けを眺めるたびに、あと何度見られるだろうと思うこの頃。
身近な生き物たちとヒトへの想いと観察を綴りたいと思います。
ほんの少しを身近から抜き出しただけでも、ここに並べたような光景がそこかしこに見られる・・・なんでもないことのようですが、なかなか、そうではありません。私たちは誇りとすべきだと思います。
“この光景 Forever 夏編” の続きを読む
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「三鳴鳥」という呼び方が何時の頃からかなされており、ウグイス、コマドリ、オオルリがそれとされています。
あらためてそれぞれのさえずりを聞いてみると・・・なるほど、ウグイスもコマドリもオオルリも・・・鳴き声は力強く、明るく、透明で、聞くものの心を揺さぶります。
例えばウグイスについては古くから「鳴き合わせ」という何日間も持ち回る競技があり、ことに江戸時代には盛り上がったということです。ある年、江戸本郷の八百屋の主人のウグイスが、同じ町内である加賀の殿様が飼っていたウグイスに鳴き勝ったことがあり、八百屋さんは「ウグイスや百万石もなんのその」と詠んで喝采を受けたことがあるそうです。士農工商の縛りの中で、よほどの快挙だったのでしょう。
“アオバト Ⅰ 三悲鳥(?)の筆頭” の続きを読む
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「この冬もトラフズクの群れが来ている」と教えてくれた人が居たので、早速、訪ねてみました。
多摩川の河川敷からわずかに離れて、剪定などの手を入れてない松の木があり、入り組んだ枝の間をすかすと、40センチもあろうかという巨大なマツボックリがむっくりむっくり・・・。
あちらこちらから見通すと、一つ、二つ、三つ‥…六つ。松の肌や枝によく馴染んでいて、どうしてもマツボックリです。
長い間たずさわってきた少年矯正の仕事を退官し、また、かなりの時が経ちました。夕焼けを眺めるたびに、あと何度見られるだろうと思うこの頃。
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満開を過ぎた梅の花殻が枝にこびり付いたようになり、代わって、桜の花芽がはち切れそうに太ってきている頃の或る朝、多摩川の岸辺に小石を拾いに行きました。
愛犬モッチ(子犬)も春は嬉しいらしく、庭に出してやると喜んであちこちをほっつき歩くのは良いのですが、家の中に戻そうとするとき、足の裏を拭いてやるのが大変になってしまったので、庭のここぞという所を小石で敷き詰めてしまうのが良かろうと考えたからです。
バケツにほどほどに小石を入れてサイクリングロードに戻ろうとしたとき、川沿いに連なっている落葉巨木の梢近くのひとつに、丸っこいものがいくつか並んでいるのに気が付きました。じっとしています。
長い間たずさわってきた少年矯正の仕事を退官し、また、かなりの時が経ちました。夕焼けを眺めるたびに、あと何度見られるだろうと思うこの頃。
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柿の木を舞台と鳥の揃い踏み
「柿の当たり年」というものがあるとみえます。
東京都の多摩地方だけのことかもしれませんが、この秋も深まると、たわわに実を付けた柿の木が目立つようになりました。
柿たちは「今年はみんな頑張って沢山の実を付けましょう」とでも声を掛け合うのでしょうか。不思議です。
いずれにしても、熟し柿をたっぷりいただけるのですから、野鳥たちにとっては有難いことです。
遠来のツグミを癒やせ残り柿
別れ前のツグミの宴柿たわわ “残り柿に来る鳥たち 動画編” の続きを読む
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身近な生き物たちとヒトへの想いと観察を綴りたいと思います。
ようやく、出会いました。
初夏の林の中。左手から飛来して、少し離れた枝に止まった鳥の影。
キジバトかと思いましたが、身体を斜めに倒して止まることの多いキジバトと違って、太目の身体をまっすぐに立ててこちらを見ています。

「ツミ!」
日本で一番小型の猛禽類。
画像の1枚だけを見ると、達磨さんのようにどっしりと大きく感じられますが・・・小柄なのです。
スズメのように小さい鷹ということで、漢字では昔から「雀鷹」と書かれ、スズメタカというのがススミタカに、次第に短く詰まって、ススミ、スミなどとなり、何時の頃からか「ツミ」となったということです。
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身近な生き物たちとヒトへの想いと観察を綴りたいと思います。