Z旗と私のX旗

 最近、かつてヨットに親しんだという一人の老人がエッセイに書いていた。大型台風が近づくと、自作の「Z旗」を庭のポールに掲げ、家を点検し、そこかしこを固縛して回るという。Z(後がない)にあやかって、もうひとつ踏ん張ってやろうというのであろう。
 あの東郷平八郎提督の檄は、いまもなお、広く人々にやる気を吹き込んでいるのだなと思った。そういえば「ふうてんの寅さん」も「・・・いつかお前も喜ぶような 偉い兄貴になりたくて 奮励努力の甲斐もなく…」と歌っている。 “Z旗と私のX旗” の続きを読む

頭が高いのではありません 「カシラダカ」

 頭が高いのではありません。気が張ると冠羽が三角に立ち上がるのです。それで「カシラダカ」。

お初にお目にかかります 緊張すると毛がつっと立つのです

“頭が高いのではありません 「カシラダカ」” の続きを読む

ご一緒しましょ エナガ・シジュウカラ・コゲラの混群

 生物の中には、種類の違うもの同士が混じり合って行動することがあり、「混群」と呼ばれています。
 野鳥にもしばしば観られ、私になじみ深いのは、「エナガ・シジュウカラ・コゲラ+α」の混群です。ヤマガラやメジロが加わることがあるのをαで示しています。ああ、「カワウ・ダイサギ・アオサギ・コサギ+α」というのもおなじみなものでした。このときのαというのはカラスです。
 ここでは先ず、小鳥たちの混群について観ることにします。

危険を感知する能力を上げるために

“ご一緒しましょ エナガ・シジュウカラ・コゲラの混群” の続きを読む

このところ失地回復中か 「オナガ」

 「オナガ」は全長40㎝近くありますが、名前の由来の通り、尾がたいそう長いので、身体だけの大きさはムクドリぐらいです。
 頭に黒いスイミングキャップを被っているように見えるほかは、全体にくすんだ水色に印象され、尾をなびかせるようにして枝を縫って飛ぶ様子はスマートで舞うように感じられ、ほかの野鳥との区別は容易です。
 スマートさに似合わず「ギューィ ゲーイ ギー」などと鳴きかわすので、姿とはちぐはぐな感じがしますが、声からも察しられるように、カラスの親戚なのです。

“このところ失地回復中か 「オナガ」” の続きを読む

残り柿に来る鳥たち

 今年、平成最後の秋はの実りに恵まれました。全国的にそうであったかは分かりませんが、東京都多摩地方では、誰に尋ねてもそのとおりだとのことでした。
 取り残された柿や、あるいはまったく手も付けられなかった柿が、そこかしこに目立ちました。そういう柿を勝手ながら、「残り柿」と呼ぶことにしました。
 里山に集まる野鳥たち、果物を好む鳥たちは殊に、晩秋まで楽しむことができたはずです。

あかあかと柿の実照らす夕日かな
へだてなく野鳥を呼んで残り柿
ヒヨドリの主人顔なれ残り柿

“残り柿に来る鳥たち” の続きを読む

みんなでグルグル 食事の時間 「ハシビロガモ」Ⅰ

 漢字では「嘴広鴨」、英語では「shoveler」。そのとおり、クチバシが長くてシャベルのように広がっていることから「ハシビロガモ」と呼ばれるようになりました。
 50㎝ほどの大きさでマガモよりもいくらか小型。雑食性で、プランクトン、昆虫、種子、魚などを広く食べるために、けっこうに淀んで栄養の良すぎるような都会の池にも飛来し、東京都区内でも、新宿御苑や皇居の濠などで見られます。

カモのなかでも色目の美しい鳥

 てんでに横並びしているところを見てみましょう。オスは頭から頸にかけて光沢のある深い緑色、クチバシは黒く、胸から腹は白、脇腹は赤味のある茶色で、羽を広げるとさらに鮮やかなエメラルド色が目に付きます。 “みんなでグルグル 食事の時間 「ハシビロガモ」Ⅰ” の続きを読む

この国の行方 分岐点までのタイムリミット7~9年 Ⅰ 「沈みゆく船」 本当ですか

「沈みゆく船」 本当ですか 

 2018年(平成30年)12月30日の朝刊から年をまたいで9回。朝日新聞は「エイジング・ニッポン」という特集を連載した。
 「去り行く人 死んでゆく島」「沈みゆく船から流失する頭脳」「少子高齢化と人口減少の崖を世界一のペースで転がり落ちる」「私たちの持続可能性」「長い老後 年金だけでは」「民主主義にも影 次代に重荷」「伝統的価値観に生きづらさ」「生産年齢人口はピーク時の6割に」「日本の経済成長 若年層ほど悲観的」・・・といった見出が続く。やりきれなくなる。
 滑り止めとなるようなさまざまな動きももちろん取り上げられている。外国からの働き手の導入ロボットでの労働代替女性の社会進出地域の活性化に尽力する人々のレポート幸せということの再考、といったふうであるが、たとえば現在、地域活性のために積極的に動いている人の感想が「・・・町の寂れを感じてはいても、何も考えていない人が9割以上いる」であり、あれやこれやの特集のおわりの方に示してあるグラフィックは、下にスキャンしてあるとおり「経済の中心は人口が増える新興国に移る」というもので、日本は「G20で最下位になるとなる見通し」というのが結論のように印象される。

 これは本当なのだろうか。本当だとしたら私たちは今何をすべきだろうか。8回ほどに分けて考えてみたい。

この国の行方 分岐点までのタイムリミット7~9年 Ⅱ どうにもならないのですか

これで良いのですか どうにもならないのですか 

 記事の中のグラフィックをもう一つここに示した。日本の若者たちは、意欲の低さ・自己評価の低さ・将来への希望の無さ、などの特性が主要国に比べて目立って高い。これは内閣府の2014年版の「子ども・若者白書」の資料を引用したものである。
 2014年版の「子ども・若者白書」はもう一つ、新聞が無視している特徴を明らかにしている。日本の若者たちは受け身で消極的な傾向を持ちながら、その一方で「自国のために役立つと思うようなことをしたい」と願っている率が、諸外国の若者よりも高いのである。これは慎重に判断しなければならない重要な特性であると思われるが、どういうわけか、新聞はスルーしている。
成功が保証されていないことには手を染めたくない」というのは完全主義のあらわれの一つである。これが「自国のために役立ちたい」という心情と組み合わされると、「自分から踏み出すのは自信がないけれども、だれかが決めてくれれば、自国の役に立つことをしたい」ということになるであろう。両刃の剣である。「誰かが決めてくれれば・・・」という心情が怖い。「いつか来た道」が目の前に透けるようで、なんだか怖くなる。

この国の行方 分岐点までのタイムリミット7~9年 Ⅲ AIのシミュレーションが示すシナリオ

AIのシミュレーションが示すシナリオ 

 2018年の暮れから正月に亘った朝日新聞の特集でもっとも刺激になったのは、「AIで予測した2050年」として、京都大学と日立製作所(日立京大ラボ)が人工知能(AI)を使って35年後の未来を可視化したグラフィックであった。
 少子化や環境破壊といった149の社会要因を選び、互いの因果関係をAIに与え、将来の全ての可能性を割り出させたところ、およそ2万通りのシナリオが現われたという。 いずれのシナリオも7〜9年というタイムリミットで大きな分かれ道に到達する。ここを「都市集中型」に向かうか「地方分散型」へ向かうか。都市集中型に進めば、地方は廃れて無人の地域が増え、人口は減り続ける。地方分散型へ向かえば、出生率や格差が改善され、幸福度も高い社会への道は残される。この運命の分岐点を過ぎると、もう一方の道に戻ることはできないという。
 この分岐点で「地方分散型」に進めたにしても、人が地方に移っただけでは財政や雇用に困難を生ずる恐れがある。「持続可能なシナリオ」に至るには、地域の特色を生かした物作りと消費と文化、エネルギー自給、交通の利便、都市とのバランス、といった課題をクリアできるように「生き方を変える」必要があるが、このために許されたタイムリミットは、2019年から数えて16〜19年後であるという。
 
 運命の分岐点は先ず7〜9年後に迫っているというのは、怖ろしいことであるが間違いなさそうである。船はまっすぐに岩礁に向いつつあるというのに、人々が他人事のように平然としているのが筆者には不思議でならない。

この国の行方 分岐点までのタイムリミット7~9年 Ⅳ 日本の恵まれているところ

日本の恵まれているところ 

 日本は「沈みゆく船」にふさわしいほど貧弱なのだろうか。

 Ⅰ 自然と地理の特性

 1 周囲をすべて海に囲まれた列島である
  ① 「排他的経済水域」が広く、その海底には多くの資源がある
  ② 水産物に恵まれている
  ③ 防衛に有利
 2 列島は南北に複雑に連なっている
  ① 多様で豊かな四季がみられる
  ② 多種多様な農作物果実が育つ
  ③ 森林が多く、自然が良く保たれている
  ④ に恵まれている

 Ⅱ そこに住む人の特性(いささか完全主義に傾くが・・・)

 1 知・情・意に豊か
  ① ・・・OECDによる「成人スキル(読解力・数的思考力)」についての国    較によると、日本人は先進24ヶ国中トップ。しかも個人差が少ない。緻密であり、ノーベル賞を受賞する人が少なくないこともさりながら、中小企業やそれぞれの現場で働く人たちの勤勉・優秀さがうなずける。
  ② ・・・思いやり、おもてなし、日本料理、着物、日本画、文学、その他の伝統芸術。
  ③ ・・・勤勉、責任感、正直、公共マナー、礼儀、清潔、治安の良さなど。
 2 70年間を超える平和維持
 「日本国憲法」は、その前文で謳いあげているように、暴力や武力によってで         はなく、諸国民の公正と信義に信頼して恒久の平和を維持し、安全と生存を保持し   ようと決意している。人類史上初めての到達であり、創造的である。「創造的平和主義」とでも呼ぶことができるだろうか。
一面の焼け野原の中から、「創造的平和」をかかげて一心に働き、たちまち国際連合の負担金では突出した多額を担うまでになり、私たちは70年間を超えて平和を保ってきた。

 このような国が、どうして「沈みゆく船」になるのだろう。