ご一緒しましょ エナガ・シジュウカラ・コゲラの混群

 生物の中には、種類の違うもの同士が混じり合って行動することがあり、「混群」と呼ばれています。
 野鳥にもしばしば観られ、私になじみ深いのは、「エナガ・シジュウカラ・コゲラ+α」の混群です。ヤマガラやメジロが加わることがあるのをαで示しています。ああ、「カワウ・ダイサギ・アオサギ・コサギ+α」というのもおなじみなものでした。このときのαというのはカラスです。
 ここでは先ず、小鳥たちの混群について観ることにします。

危険を感知する能力を上げるために

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このところ失地回復中か 「オナガ」

 「オナガ」は全長40㎝近くありますが、名前の由来の通り、尾がたいそう長いので、身体だけの大きさはムクドリぐらいです。
 頭に黒いスイミングキャップを被っているように見えるほかは、全体にくすんだ水色に印象され、尾をなびかせるようにして枝を縫って飛ぶ様子はスマートで舞うように感じられ、ほかの野鳥との区別は容易です。
 スマートさに似合わず「ギューィ ゲーイ ギー」などと鳴きかわすので、姿とはちぐはぐな感じがしますが、声からも察しられるように、カラスの親戚なのです。

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残り柿に来る鳥たち

 今年、平成最後の秋はの実りに恵まれました。全国的にそうであったかは分かりませんが、東京都多摩地方では、誰に尋ねてもそのとおりだとのことでした。
 取り残された柿や、あるいはまったく手も付けられなかった柿が、そこかしこに目立ちました。そういう柿を勝手ながら、「残り柿」と呼ぶことにしました。
 里山に集まる野鳥たち、果物を好む鳥たちは殊に、晩秋まで楽しむことができたはずです。

あかあかと柿の実照らす夕日かな
へだてなく野鳥を呼んで残り柿
ヒヨドリの主人顔なれ残り柿

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みんなでグルグル 食事の時間 「ハシビロガモ」Ⅰ

 漢字では「嘴広鴨」、英語では「shoveler」。そのとおり、クチバシが長くてシャベルのように広がっていることから「ハシビロガモ」と呼ばれるようになりました。
 50㎝ほどの大きさでマガモよりもいくらか小型。雑食性で、プランクトン、昆虫、種子、魚などを広く食べるために、けっこうに淀んで栄養の良すぎるような都会の池にも飛来し、東京都区内でも、新宿御苑や皇居の濠などで見られます。

カモのなかでも色目の美しい鳥

 てんでに横並びしているところを見てみましょう。オスは頭から頸にかけて光沢のある深い緑色、クチバシは黒く、胸から腹は白、脇腹は赤味のある茶色で、羽を広げるとさらに鮮やかなエメラルド色が目に付きます。 “みんなでグルグル 食事の時間 「ハシビロガモ」Ⅰ” の続きを読む

この国の行方 分岐点までのタイムリミット7~9年 Ⅰ 「沈みゆく船」 本当ですか

「沈みゆく船」 本当ですか 

 2018年(平成30年)12月30日の朝刊から年をまたいで9回。朝日新聞は「エイジング・ニッポン」という特集を連載した。
 「去り行く人 死んでゆく島」「沈みゆく船から流失する頭脳」「少子高齢化と人口減少の崖を世界一のペースで転がり落ちる」「私たちの持続可能性」「長い老後 年金だけでは」「民主主義にも影 次代に重荷」「伝統的価値観に生きづらさ」「生産年齢人口はピーク時の6割に」「日本の経済成長 若年層ほど悲観的」・・・といった見出が続く。やりきれなくなる。
 滑り止めとなるようなさまざまな動きももちろん取り上げられている。外国からの働き手の導入ロボットでの労働代替女性の社会進出地域の活性化に尽力する人々のレポート幸せということの再考、といったふうであるが、たとえば現在、地域活性のために積極的に動いている人の感想が「・・・町の寂れを感じてはいても、何も考えていない人が9割以上いる」であり、あれやこれやの特集のおわりの方に示してあるグラフィックは、下にスキャンしてあるとおり「経済の中心は人口が増える新興国に移る」というもので、日本は「G20で最下位になるとなる見通し」というのが結論のように印象される。

 これは本当なのだろうか。本当だとしたら私たちは今何をすべきだろうか。8回ほどに分けて考えてみたい。

この国の行方 分岐点までのタイムリミット7~9年 Ⅱ どうにもならないのですか

これで良いのですか どうにもならないのですか 

 記事の中のグラフィックをもう一つここに示した。日本の若者たちは、意欲の低さ・自己評価の低さ・将来への希望の無さ、などの特性が主要国に比べて目立って高い。これは内閣府の2014年版の「子ども・若者白書」の資料を引用したものである。
 2014年版の「子ども・若者白書」はもう一つ、新聞が無視している特徴を明らかにしている。日本の若者たちは受け身で消極的な傾向を持ちながら、その一方で「自国のために役立つと思うようなことをしたい」と願っている率が、諸外国の若者よりも高いのである。これは慎重に判断しなければならない重要な特性であると思われるが、どういうわけか、新聞はスルーしている。
成功が保証されていないことには手を染めたくない」というのは完全主義のあらわれの一つである。これが「自国のために役立ちたい」という心情と組み合わされると、「自分から踏み出すのは自信がないけれども、だれかが決めてくれれば、自国の役に立つことをしたい」ということになるであろう。両刃の剣である。「誰かが決めてくれれば・・・」という心情が怖い。「いつか来た道」が目の前に透けるようで、なんだか怖くなる。

この国の行方 分岐点までのタイムリミット7~9年 Ⅲ AIのシミュレーションが示すシナリオ

AIのシミュレーションが示すシナリオ 

 2018年の暮れから正月に亘った朝日新聞の特集でもっとも刺激になったのは、「AIで予測した2050年」として、京都大学と日立製作所(日立京大ラボ)が人工知能(AI)を使って35年後の未来を可視化したグラフィックであった。
 少子化や環境破壊といった149の社会要因を選び、互いの因果関係をAIに与え、将来の全ての可能性を割り出させたところ、およそ2万通りのシナリオが現われたという。 いずれのシナリオも7〜9年というタイムリミットで大きな分かれ道に到達する。ここを「都市集中型」に向かうか「地方分散型」へ向かうか。都市集中型に進めば、地方は廃れて無人の地域が増え、人口は減り続ける。地方分散型へ向かえば、出生率や格差が改善され、幸福度も高い社会への道は残される。この運命の分岐点を過ぎると、もう一方の道に戻ることはできないという。
 この分岐点で「地方分散型」に進めたにしても、人が地方に移っただけでは財政や雇用に困難を生ずる恐れがある。「持続可能なシナリオ」に至るには、地域の特色を生かした物作りと消費と文化、エネルギー自給、交通の利便、都市とのバランス、といった課題をクリアできるように「生き方を変える」必要があるが、このために許されたタイムリミットは、2019年から数えて16〜19年後であるという。
 
 運命の分岐点は先ず7〜9年後に迫っているというのは、怖ろしいことであるが間違いなさそうである。船はまっすぐに岩礁に向いつつあるというのに、人々が他人事のように平然としているのが筆者には不思議でならない。

この国の行方 分岐点までのタイムリミット7~9年 Ⅳ 日本の恵まれているところ

日本の恵まれているところ 

 日本は「沈みゆく船」にふさわしいほど貧弱なのだろうか。

 Ⅰ 自然と地理の特性

 1 周囲をすべて海に囲まれた列島である
  ① 「排他的経済水域」が広く、その海底には多くの資源がある
  ② 水産物に恵まれている
  ③ 防衛に有利
 2 列島は南北に複雑に連なっている
  ① 多様で豊かな四季がみられる
  ② 多種多様な農作物果実が育つ
  ③ 森林が多く、自然が良く保たれている
  ④ に恵まれている

 Ⅱ そこに住む人の特性(いささか完全主義に傾くが・・・)

 1 知・情・意に豊か
  ① ・・・OECDによる「成人スキル(読解力・数的思考力)」についての国    較によると、日本人は先進24ヶ国中トップ。しかも個人差が少ない。緻密であり、ノーベル賞を受賞する人が少なくないこともさりながら、中小企業やそれぞれの現場で働く人たちの勤勉・優秀さがうなずける。
  ② ・・・思いやり、おもてなし、日本料理、着物、日本画、文学、その他の伝統芸術。
  ③ ・・・勤勉、責任感、正直、公共マナー、礼儀、清潔、治安の良さなど。
 2 70年間を超える平和維持
 「日本国憲法」は、その前文で謳いあげているように、暴力や武力によってで         はなく、諸国民の公正と信義に信頼して恒久の平和を維持し、安全と生存を保持し   ようと決意している。人類史上初めての到達であり、創造的である。「創造的平和主義」とでも呼ぶことができるだろうか。
一面の焼け野原の中から、「創造的平和」をかかげて一心に働き、たちまち国際連合の負担金では突出した多額を担うまでになり、私たちは70年間を超えて平和を保ってきた。

 このような国が、どうして「沈みゆく船」になるのだろう。

この国の行方 分岐点へのタイムリミット7~9年 Ⅴ 北欧に見る 厳しい自然を生かすのはヒト

北欧の国々に見る 厳しい自然を生かすのはヒト 

 北欧の4か国、ノルウェー、スウェーデン、デンマーク、フィンランドは、世界の「幸せな国ランキング」で毎回最上位にならぶ常連たちである。揃って高負担高福祉社会を選んで、格差と貧困と少子化を克服している。
 昨年の夏、筆者は駆け抜けるように北欧を巡ったが、この旅を思い出すたびに「さわやか」という印象がよみがえって来る。北欧の人々は、のびのびと活動しており、穏やかでシャイとすらいえ、親切であった。

おもてなし」は日本だけのものではない

 たとえば、ノルウェーの「フロム山岳鉄道」はノルウェー鉄道技術の傑作とされているように急勾配を登るが、標高676mに達した時に全落差225mという「ショスの滝」をまたぐ鉄橋の上に臨時停車する。しばらくすると、3人の妖精が滝のところどころに現れてそれぞれに妖精の舞を舞う。氷河から解け出たものであろう0度近い水をまともに被っているわけではあるまいが、脚を滑らせたらそれっきりという命懸けのパフォーマンスである。

 「ハンザ同盟の基地」を世界遺産として残しているベルゲンの港に魚市場がある。新鮮な海産物を並べたテント張りの店がたくさん並んでいて、好きなものを選ぶと、すぐに料理してテントの続きで食べさせてくれる。とりわけタラバガニがみずみずしくて美味しかった。カニを食べるには、フォークよりも箸の方がやり易い。念のために、ハシは無いだろうかと尋ねると、たちどころに袋入りの立派な竹製の箸が届けられた。
 隣の席の中年のカップルが、テーブル狭しと料理とカップを並べていた。スウェーデンから来た夫婦だという。話が地震のことになったとき、「地面が揺れるというのを想像できますか」とたずねると、「それにツナミ!」と首を横に大きく振りながら、夫婦して身を震わせていたが、「日本人は何事につけてもbrightだ」と言った。cleverとかintelligentなどといわれるよりも嬉しかった。震災から復興する逞しさなどを意識して言葉を選んでくれているのだろうと、その心遣いが嬉しかった。 “この国の行方 分岐点へのタイムリミット7~9年 Ⅴ 北欧に見る 厳しい自然を生かすのはヒト” の続きを読む

この国の行方 分岐点へのタイムリミット7~9年 Ⅵ 恵みを捨ててしまっている日本

恵みを捨ててしまっている日本

1 森林について

 この国の国土の70%は森林でおおわれており、そこには60億㎥もの「森林備蓄(木材として使える樹木)」があり、これは世界最大の林業国として復興しているドイツの2倍もの規模に達している。「私たちは宝の山の上にいるようなものだ」と指摘する人さえいる。日本の森林蓄積60億m3というものは年々増加しつつあり、一年間で増える森林は8000万m3と推計され、これはこの国の年間木材使用料とほぼ均衡する。つまり我が国は木材を自給することが100%可能なのであり、しかも、その平衡を永久に維持循環できるのである。
 にもかかわらず、驚くべきことに、現在の日本の木材の自給率は30%ばかりにとどまっている。世界最大の木材輸入国として、アメリカ、カナダ、ロシア、マレーシャ、インドネシア、オーストラリア、ブラジル、チリ、パプアニューギニア、EU、中国・・・といった諸国から大量の木材をさまざまな形で輸入している。森林破壊という視点から、国際的に非難を寄せられている。 
 自分の国では多くの森林が放置され、下草刈り、つる切り、雪起こし、枝打、除伐、間伐などの手間が抜かれ、樹木が密に重なり過ぎて表土も流失しがちな状態になっているところも少なくない。健全な森林は、炭酸ガスの吸収と酸素の供給という重要な機能を担い、斜面の崩落を防ぐといった役にも立っているが、多くの倒木が腐敗するような状況では、環境にとってむしろ負担になるという。
 平成29年(2017)7月に北九州地方に続いた豪雨では、大量の流木濁流を堰き止めてしまって被害を広げてしまったようであるが、これこそは国土が与えてくれたせっかくの宝を、災いの元にしてしまっている無策のあらわれであるだろう。 “この国の行方 分岐点へのタイムリミット7~9年 Ⅵ 恵みを捨ててしまっている日本” の続きを読む