私のアオダイショウ

 木曾谷はV字型に切り込まれているので、谷底の川に沿ってならんでいる民家は、どれも斜めの地盤を削るようにして作られている。私の家も、階段状に組み上げられた幾つかの土蔵の上に乗ったものだった。
 その土蔵の中に独りで入って行くなどという振る舞いは、幼い私にはおよびもつかないことのひとつだった。暗がりと奥深い棚の奥。すえた臭い。そこらへんが化け物の巣にちがいなかった。
 そう思い込んで一歩を踏みこめば、端々からもう、こちらをためている化け物どもの目のぬめりや、ひっそりした息づかいがわかる。生暖かい空気がかすかに揺らいでいるようである。いつだったか祖母が、「アオダイショウ」の見込みのありそうなのをひとつがい、お百姓に吟味してもらって蔵のなかに放したのを、私はちゃんと憶えていた。

 シマヘビ、ヤマカガシ、ゴザヘビ、それに恐ろしい「マムシ」も何回も見たことがある。マムシは頭が三角形で胴が太くて短く、背中に連なって打たれている暗褐色の銭型の紋に凄みがあった。連銭の烙印というにふさわしい。
 蛇というものは、尻尾をつかんでいきなり逆さに吊り下げると、もちろん懸命に身をのたくらせるが、あやうく、尾をはさんでいる指のところまで鎌首を持ち上げることができない。
 本州に住んでいる蛇のうち、マムシにだけはこんないたずらを仕掛けてはいけない。マムシはやすやすと鎌首を反り上げてきて、手の甲なりにやんわりと二本の牙を当てる。美しく弧を描いている毒牙のなかには細い管が通っていて上あごの毒袋につながっており、袋が圧迫される力に応じて、透明なしかるべき液が肉の中に注入されるという仕組みである。いったい蛇というものは卵を産むものだが、マムシだけは腹の中で蛇の形にまで育てた赤ちゃんを産む。魔物はやはり、どこか並みのものとは違ったところがあるわけであろう。

  祖母が蔵の中に放った「アオダイショウ」は、毒は持っていないもののけっこう大型になる種類で、「ネズミトリ」とも呼ばれることがある。ねっとりと輝きながら農家の軒先を悠然と渡るさまは、四つ五つの洟垂れ小僧ぐらい、その下に釘付けにしてしまうほどの威厳に充ちていた。
 秋の夕方、母に言いつけられて上の畑にネギを抜きに行こうとしたことがあった。両側が石垣になっている登り口で、幅が一メートル半ほどの道が、私の腰のあたりで青黒い紐のために通せんぼをされている。立ちすくんでいると、なんと、紐はゆらゆらしながら右側の穴の中に引き込まれていってしまった。胴の太さは、そのころの私の手首を超えていたと思う。アオダイショウは、木の上、水の上、垂直な壁、どこでも楽々と動き回る。

 蔵の中に放たれたアオダイショウがもともと素質があり、そのうえに太ったネズミをたくさん食べたなら、二・三年のうちにオロチほどに大きくなっているかもしれない。化け物は化け物を呼び合うそうだから、いいかげんに侮っていると手痛い目に会うことになるだろう。
 「そんな、聞き分けがないと蔵に入れるよ」
 ひとこと、母に言われると私のぐずりはぴたりと止み、横隔膜がひきつるのさえ懸命にこらえ、そのために唇が紫色になるほどだった。

 私たちの町から木曾川を四キロメートルばかりさかのぼると、東側に扇状地が開けている。木曾駒ケ岳の裾野で、何ヘクタールもの原野だった。シラカバ、カラマツ、アカマツ、ナナカマド、ナラ、ブナ、クリなどが適当なあんばいに生え、ノイチゴやススキなどの藪がそこかしこに群棲し、ひらけたところは野生のシバで敷きつめられていた。大昔はここも川底であったことがある証拠に、そこかしこに顔を出している御影石のどれもが丸く削られていた。それらはまるで、なかば土のなかに埋もれた恐竜の頭マンモスの背中のように見えた。
 うっそうとして昼なお暗いといった土地柄から切り離されたように、明るくはなやかな陽光に満ちた緩やかな斜面だった。真夏でも涼しみを含んだ風はよくカッコウの声を運んできており、網の目のように入り組んでいる小さな流れには歳を経たイワナやヤマメが住んでいた。日が暮れてからここに行くと、そこかしこにホタルが舞うのが見られた。
 その原野のどこからでも、東を向けば木曾駒ケ岳を主峰とする中央アルプスに、西に向かえば木曾御嶽山に対面する。夏でも寒い木曾御嶽は、ここから眺めるとケニアにあるキリマンジェロ山にそっくりな独峰である。
明るいひろがりからキリマンジャロのような独峰が見え、馬なども放牧されているから、不思議といおうか当たり前といおうか、子どもたちがやった遊びはたいていが猛獣狩りごっこだった。ピグミーやブッシュマンの戦士になったように、みんな勇敢になれた。たえず部族間の争いが起こり、この私が数人の敵を相手に奮戦したこともある。

 石と弓で追い立てられ、槍で突き立てられ、とうとう一本の松の根元に倒された。頭と背を打って息を詰まらせた瞬間、顔の上に生暖かいものがしたたかな重みでずしりと覆いかぶさってきた。
 振り払ってみると、なんと一匹のふとぶとしいアオダイショウであった。蛇、と咄嗟にひらめいただけである。脳震盪が効いてきて、吐き気とともに目の前が暗くなってしまった・・・。
 背中が痛かった。枯れ草や小枝が地面と背中の間にねじ込まれようとしていた。敵は、私を焼いて食べる用意をしていたのである。
 思い切りのしかめつらをしながら立ち上がり、しきりに頭をさすってみせた。蛇におどろいて気を失ったとするよりも、木に頭をぶつけて倒れたとするほうが、まず名誉であろうことを咄嗟に計算したのである。抜け目のない敵どもは、そんなことではごまかされない。お前が目を回したのはたしかに蛇に仰天した後であった、と口々にはやしたてた。とうとう私は、「気を失ったのは自分なのだ。自分のほかにどうして自分の経験したことが分かるのか」というようなことを言って相手を黙らせた。
 この瞬間に、私は言い訳のための一般的な要領を身につけてしまったようである。思えば、えらいことを学習してしまったものである。それからというもの、私は大きなアオダイショウのように、のらりくらりを繰り返して今に至っている。
 それも少し前までは、言い訳や嘘を言うごとに、まるで良心のひらめきのようにアオダイショウの影が脳裏を掻埋めるのだったが、近年はそれも薄らぼやけてきた。を言うのが楽になった。賀すべし弔すべしである。

投稿者: ロウボウ

長い間たずさわってきた少年矯正の仕事を退官し、また、かなりの時が経ちました。夕焼けを眺めるたびに、あと何度見られるだろうと思うこの頃。 身近な生き物たちとヒトへの想いと観察を綴りたいと思います。

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