ツグミ 追憶

美しい胸と姿勢

ツグミは、散歩好きの人には、まず馴染みのある野鳥でしょう。
スズメより二回りほどもある身体つきは頑丈そうで重量感があります。全体に地味ですが、アサリ貝を思わすような胸の模様がたいそう美しい個体があるので、出会うたびにレンズの向こうにクローズアップして確かめないではいられないような奥深さがあります。

秋にシベリアなどから渡って来てしばらくすると、ばらばらに群を解いて冬を過ごします。
シャンと背筋を伸ばし、両脚を揃えながらホッピングして枯草の下の虫をさがし、また伸びあがってあたりをうかがう、という様子も印象的です。低く飛びながら「ケロッケロッ」と小さい声を漏らすことがありますがサエズリということをしません。口をつぐんでいることから、「ツグミ」と呼ばれるようになったということです。

そして愛嬌

木の上でも静かで、驚かさなければ、一点にとどまって長くこちらを眺めていることが多いので、こちらも親しみを覚えやすいし、カメラにも収めやすいということになるのでしょう。愛嬌があるのです。

カスミ網密猟

私には特別な思いがあります。
ツグミと聞くと、戦後の何年間も盛んに行われた「カスミ網猟」のことを思い出すのです。当時ですら「密猟」とされていましたが、食糧難のおりから「お目こぼし」状態にあったと思われます。

「一羽食べると青っ洟が止まり、二羽食べるとシラクモが治り、三羽食べるとニキビが出る」と山の少年たちは言ったものです。
「青っ洟」というのは粘り気の強い鼻汁が垂れ下がること。「シラクモ」というのは頭部白癬のために円盤状に頭が禿げること。どちらも、栄養不良が関係していました。

渡ってきたツグミたちは、年を迎えるころまでは集団で過ごすことも多いようです。落ち葉の中でにぎやかに食事をしているのを見ることがあります。この動画では、競争で小さな木の実を探しています。

思い出の続きです。
このように可憐なツグミたちを、やたらに多くではないにしろ、私たちは捕らえて食べました。
秋のしらしら明けのころ、渡りの群れの頭が尾根を越えるタイミングを待ちかまえていて、ヒトが旗を打ち振るいます。とんだ悪知恵の一つです!
バサバサと布がはためく響きをタカの襲撃と勘違いしたツグミたちは、いっせいに高度を下げて逃げようとし、木々の間を縫って飛行し、あげく、横に長く張ってある網に突っ込んでしまうのです。
その網を「カスミ網」といい、小鳥たちを焼いて食べさせる小屋を「鳥屋(とや)」といいました。
カスミ網を張るには、山腹を一定の巾でベルト状に切り開ける必要があるので、ヘリコプターなどで山々の写真を撮ってみれば一目瞭然のはずです。
現在、いかに山奥とはいえ、そんな密猟が残っているとは思えません。

鎮魂

けれど、少年のころに目にした光景は、懐かしさと後悔で味付けされた心象としてよみがえってきます・・・。
尾根を渡りきろうとしている群れが、きわどいところで幻の音につられて方向を変えてしまいます。朝まだき、影のうすい多頭の蛇が黒い頭をいっせいに回すような、その速い流れと変化はせつない迫力を持っており、しばらくのあいだ私の頭を離れません。

投稿者: ロウボウ

長い間たずさわってきた少年矯正の仕事を退官し、また、かなりの時が経ちました。夕焼けを眺めるたびに、あと何度見られるだろうと思うこの頃。 身近な生き物たちとヒトへの想いと観察を綴りたいと思います。

「ツグミ 追憶」への2件のフィードバック

  1. 先生
    長いコロナ禍の中、いかがお過ごしでいらっしゃいますか。
    つぐみという鳥、名前は聞いたことがあれど、写真や動画を見たのは初めてです。
    想像していたより、大きい鳥なのですね。
    たくさん集まって何かを啄んでいる動画は見事ですね。
    びっくりします、あんなにたくさん。
    そしてカスミ網猟のこと。
    昔は命をつなげるために、いろいろな物を食していたのですね。
    いえ、今もですね。
    魚、肉、植物、、毎日命をいただき生きているのですよね。
    こんな当たり前のことをすっかり忘れていました。
    ありがとうございます。
    先生の投稿からは必ずなにかの気づきをいただいています。
    どうぞ、くれぐれもご自愛ください。私も頑張ります。

    1. コメントをありがとうございます。
      ツグミの多くは、越冬のためにシベリア方面から朝鮮半島を経て日本に渡ってくるのだそうです。
      日本の国土の7割は森林ですから、市街地は殺伐としているものの、まだまだ当てに出来るのでしょう。
      ヒトはあまり自然を大切に扱っていないのですが、野鳥たちは違います。
      秋のタカの渡りを見ていると、「よくまあ、こんなに棲めていられるものだ」と感動します。
      そうした命の堆積の上にを、私たちは支えられているわけですから、よほどの覚悟が必要なのでしょうね。
      「いただきます」は、キチンとしないといけないと思います。私はともするといい加減になりがちで・・・。
      冬もコロナもまだまだ続きますが、梅のつぼみはふっくらしてきました。
      もう少しです。お元気でお過ごしください。

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