私のアオダイショウ

 木曾谷はV字型に切り込まれているので、谷底の川に沿ってならんでいる民家は、どれも斜めの地盤を削るようにして作られている。私の家も、階段状に組み上げられた幾つかの土蔵の上に乗ったものだった。
 その土蔵の中に独りで入って行くなどという振る舞いは、幼い私にはおよびもつかないことのひとつだった。暗がりと奥深い棚の奥。すえた臭い。そこらへんが化け物の巣にちがいなかった。
 そう思い込んで一歩を踏みこめば、端々からもう、こちらをためている化け物どもの目のぬめりや、ひっそりした息づかいがわかる。生暖かい空気がかすかに揺らいでいるようである。いつだったか祖母が、「アオダイショウ」の見込みのありそうなのをひとつがい、お百姓に吟味してもらって蔵のなかに放したのを、私はちゃんと憶えていた。 “私のアオダイショウ” の続きを読む

あこがれ

 数年前、フランスの上空8千メートルほどのところを飛行していたジェット旅客機が、突然、左翼のエンジンに異常を発したことがある。パイロットは最寄りの飛行場に緊急着陸を敢行して、あやうく大惨事をまぬがれた。
 トラブルの原因は、一羽のヨーロッパ・コンドルであった。自分も、血と肉と羽毛で捏ね上げられた泥のようなものになってしまったが、ジェットエンジンのタービンの幾枚かを捻じ曲げて、回転をおおきく狂わせたのである。
 高度8千mといえば、酸素濃度は平地の3分の1ほどになり、ヒトにとってはデスゾーンで、脳神経細胞はどんどん死滅してゆく。鳥類は肺臓の前後に気嚢という器官を備えており、吸うときも吐くときも、肺の中の空気の流れを一定の方向に保つことができる。死腔というものが無い。呼吸システムは哺乳類よりも明らかに勝っている。
 それにしても、コンドルが何のために途方もない高空を飛翔していたのか、理由は誰にも分からない。 “あこがれ” の続きを読む

銀の星

 カラスのお母さんが三羽の赤ちゃんを産みました。みんな男の子だったので、一郎、二郎、三郎と名前をつけました。
 一郎と二郎は、お母さんたちが餌を運んでくると、黄色いクチバシを精一杯に開いて首を突き出し、自分がどんなに腹がすいているかを訴えました。三郎だけは、二人の兄さんたちのうしろに隠れるようにして、ひっそりと口を半開きにしているだけでした。これでは食べ物をもらえません。
 一郎と二郎は日に日に重くなり、つやつやと光る黒い羽根がだんだんに生えそろってきました。三郎は羽根が生えるどころか、がりがりに痩せ細り、生まれてきたばかりのトカゲの子に大きなクチバシを付けたような格好のまま、弱ってゆくばかりでした。ただどうしたわけか、頭のてっぺんに銀色の産毛がまとまって生えているのが目立ちました。 “銀の星” の続きを読む

低木の下でつつましく・・・ 「アオジ」

 冬。たとえば公園に植えられたサツキの下で、カサリコソリという音がします。気をそそられて覗きこみますと、スズメほどの大きさの小鳥が、動きを止めてこちらを見上げていることがあります。シャイな小鳥で、向こうから人前に姿を見せるということは、まずありません。
 といって、ヒトを見るなり間髪を入れずに逃げるというのでもなく、よく言われるように「たいそう警戒心が強い小鳥だ」とは私としては思いません。
 この機会に挨拶してもらいます。 “低木の下でつつましく・・・ 「アオジ」” の続きを読む

ぴょんと潜って ぴょんと出る 「カイツブリ」

 たとえば、「昭和記念公園」には「水鳥の池」と呼ばれているバードサンクチュアリがあり、ことに冬にはカモの類が多く見られます。カモたちはグループやペアを作って行動するのが普通で、小春日和の昼などには、いっせいに羽根の中に首を入れて休んだりしているものです。
 そうした中に、1羽だけでいるので却って目立つのですが、小さくて丸っこいシルエットが、ひょいと消え、ぴよんと顔を出すことを繰り返しているとしたら、それはおそらく「カイツブリ」でありましょう。挨拶してもらいます。

 忙しいけど 元気してまーす!

 しきりに潜りを繰り返すので、表面の羽根が水滴だらけですが、綿毛のような細かい羽毛が厚く用意されていて暖かそうです。カイツブリの仲間のうちでは一番小さく、チャボほどの可愛らしい水鳥です。

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盆踊と花火

 ・・・日本の夏は、雨が降っているか、蒸し暑いか、そのどちらかである・・・
 ある外国人がこんなふうに書いているのを読んだことがある。「梅雨明け十日」というのを知らないのかな、とそのときは思った。

 その夏、外国人に言われたとおりになってしまった。びしょびしょ雨が降り続き、ドウダンツツジなりウメの徒長枝を整えようとしても雨だれが飛び散るありさまで、たちまち全身が濡れそぼり、そして蒸れる。梅雨が居座ってしまった感じで気温ばかりが上がり、不快だった。
 さすがに、八月に入るとそんな気候も持ち直したように見えたので、恒例になっている盆踊りをやろうとした。少年院の中庭が盆踊会場である。 “盆踊と花火” の続きを読む

カモネギどころか・・・「カルガモ」

 もともと「カモ」という水鳥は、ヒトの近くに居ながらおっとりしたところがあって、「デコイ」などのオトリに容易に騙されやすくもあり、捕まえやすい獲物だったのでしょうか・・・、「カモがネギしょって来た」「あいつをカモッてやる」などと使われるようになるほど、私たちから軽く見られているところがあります。
 そうでしょうか? けっこう貫禄のあるところで「カルガモ」に挨拶してもらいます。 “カモネギどころか・・・「カルガモ」” の続きを読む

群れて来る鳥・・・「ムクドリ」

 たしかに「ムクドリ」はよく群れます。「群れて来る鳥」が短略されて「ムクドリ」となったとする説が有力なようで、昔から「リャーリャー ギャーギャー ギュルギュル」と騒ぐ人(?)たちのことを「椋鳥」と呼んでうとましがる傾向があります。

 おれ いま群れてない 嫌うの

 クチバシから頭の線がシャープで、頬に銀色の斑が目立つせいか、どことなく金属的な印象を受けます。身近な鳥では、すこし大きめな「ヒヨドリ」と並んで、「たしかに鳥類は恐竜の子孫なんだな」と思わせる野鳥の筆頭でありましょう。ムクドリは、地面を歩くときには脚を前後させて、ノッシノッシとお尻を振るようにして歩くからなおさらです。 “群れて来る鳥・・・「ムクドリ」” の続きを読む

ホバリングできるか  「ヒヨドリ」2

 「ヒヨドリ」は前にも紹介したとおり、「ヒーヨ ヒーヨ」と鳴く中型の野鳥で、日本ではありふれておりますが、バードウォッチャーというものにはこだわりの強い人が多いとみえて、わざわざ外国から見に来ることがあるということです。
 全体に灰色に印象されますが、クローズアップしてみると、まるでシジミのように地味ながら美しい羽毛を持っています。全体にシャープで野性的。それにふさわしく、優れた飛翔力を見せます。

 このぐらいのいじわる なんでもないよ

 高みの枝からぐらりと地面に向ったかと思うと、すれすれで水平飛行に移り、翼を一閃二尖、それで高さをかせいだかと思うと、ぴたりと体側に畳み込み、身体をまっすぐにして弾丸のように距離をかせぎます。それを繰り返しますから、波状の飛跡を残します。 “ホバリングできるか  「ヒヨドリ」2” の続きを読む

カッコウと少年

 一羽のカッコウのヒナが巣立ちをしました。ゆっくりと、ワシやタカに似たシルエットを見せつけてあたりの小鳥たちをすくませながら、お父さんとお母さんが待っていた木立まで達し、ふんわりと枝に降り立って胸を張りました。
 誇らしく、幸せでした。けれどもそれは、白地にグレイの横縞の胴を立てた父親から、次のように告げられるまでの、ほんのわずかな間だけのことでした。

  ・・・お前はモズの巣の中に産み落とされた。卵からかえると、自分の背中を使ってモズのヒナどもを次々と放り出し、エサもなにも独り占めにして、この父と母にではなく、モズの夫婦に育てられた。あのしたり顔のモズの鼻をまたあかしてやったわ。われわれ一族がさずけられている生まれながらの知恵とはいえ、お前はよくやった・・・。

 幼いカッコウの全身がいきなりぞっと毛羽立ち、大きくふるえだしました。そういえば、はるか闇の奥から這い上がってくる幻があったのです。 “カッコウと少年” の続きを読む