「ノスリ」については「のっそりノスリ」という題で以前に記事にしたことがあります。ずんぐりしていてのっそり。そんな印象が強かったからでした。
トビほどの大きさの猛禽類であるのに他の野鳥をあまり狙わないことから鷹匠たちから「役立たず」[能なしタカ]とさげずまれ、今でも地方によっては、止まっている時の色合いを馬糞に見立てて「マグソダカ」「クソトビ」と呼ばれることがある・・・これらが私の先入観にあったと思われます。
のっそりノスリ
たしかに、冬の寒風の中、遠い枝の上で獲物を待つ続けるノスリに長いあいだ付き合わされたことがありました。すっと身を細めて乗り出すことがあるので「さてこそ」とシャッターに指を掛けると、また元のずんぐりに戻ってしまうのでした。
また、遠くの林の枝の絡みが祠のように抜けたところに古びた地蔵さまのようなものが見えるのをいぶかしんで拡大して見ると、正体はノスリだったこともあります。石に見えるほどにじっとしていることがあるのです。こうしたことから、やはり、ノスリはずんぐりのっそりという印象でした。
華麗な飛翔
この秋、「タカの渡り」が観られることで有名な信州の「白樺峠」を訪ねました。尾根から西をうかがうと白樺の幹の間から近々と乗鞍岳が見え、東には遠く松本平がかすんでいるこの地を、1シーズンで20000羽近くのタカ類が南方に渡り、そのうち4000羽ほどをノスリが占めているとのことでした。
晴天に恵まれた一日をその日の主人公であった「ハチクマ」の渡りで堪能し、次の日、長野県と山梨県の県境に広がる「原村」に移動しました。
原村は八ヶ岳連峰の南端である権現岳の山麓に拡がる景勝の地で、写真で見るように、位置関係としては白樺峠の南東およそ70㎞のところにあります。白樺峠と原村とを直線で結ぶと、その中間のあたりが諏訪湖になります。
原村の主力観光施設「八ヶ岳自然文化園」の駐車場に降り立つと、折しも、上空に7・8羽の大型の鳥が弧を描いて飛翔していました。
トビがずいぶん集まったものだ、と見上げていましたが、トビにしてはどうも白っぽいのです。望遠レンズを向けてみると・・・前の日にはあまりお目にかかれなかったノスリでした。
翼端を除いて白が基調、胸に淡褐色の帯。扇状に広げられた尾羽。大空を幾羽かで占領していている光景は眩しいばかりでした。
これらのノスリはどこから来て、何処へ行くのだろう。
渥美半島の突端の「伊良湖岬」が、中部地方のもう一つのタカの渡りの名所であることは知っていました。
ノスリたちは白樺峠から原村近辺を通過し、南アルプスの東側の富士川に沿って南下し、静岡市、浜松市を抜けて伊良湖岬に至るのか。それとも、南アルプスの西側の天竜川に沿う伊那谷を下って伊良湖崎に向うのか。さらに西、中央アルプスの西側の木曾谷を南下するのか。あるいは、白樺峠も伊良湖岬も決まった通過点ではなく、個体ごと群ごとにばらばらであるのか、誰にも分っていないようです。
はるかな渡り
ところが、日本での渡りのルートあれこれなどは小さいこととして良いような知見が得られつつあるそうです。
2015年7月、台湾の離島である「金門県」で3羽のノスリに発信機をつけて放った調査によると、うち2羽がそれぞれ8000㎞、120000kmにも及ぶ旅を終えて帰り、追跡の結果から、中國の福建省、江西省、浙江省からロシアのアムール川(黒竜江)周辺を経て、サハ共和国(土壌の全てが永久凍土、その40%が北極圏)に達して夏を送り、子育てをし、それから南西に転じて台湾に戻ってきていることが明らかにされたのです。
必殺のダイビング 野を擦る飛行
さて、原村でのノスリに話を戻します。
数羽のノスリが輪を描いている様子を動画で撮っていると、1羽が急降下に移り、ヒラリと白っぽく輝いたと思うと、そのまま画像モニターから姿を消してしまいました。
動画をコマに分けてチェックすると、一瞬輝いたのは降下の途中で身体を捻じり、すぐに元に戻った動作であることが分かりました。俊敏なのです。動画を切り出すと、私の技術ではどうにもボケたものになってしまいますが、おおよそは分かります。
ある高さまで沈むと水平飛行に移り、あるいは樹上から飛び立って「野を擦る」ように獲物に近づくことが定石のようで、これが「ノスリ」という名前の由来になっています。
さらには、獲物の上空でホバリングしてタイミングを計り、逆落としに攻撃することも有名です。ホバリングしているときに地上の獲物にさとられてはまずいわけで、そのために翼の下面は空に溶け込むように白っぽくなっています。
「ミサゴ」や「チョウゲンボウ」もホバリングからの逆落としの襲撃が得意です。ですから同じように、翼の下面が白く印象されます。
ミサゴ
チョウゲンボウ
うち、チョウゲンボウは他の猛禽類とは違ってオウムに近い仲間だとされていますが、同じ環境間隙で生き延びようとしたら姿や習性も互いに似かよってくるという、進化の妙を現わしております。
のっそりしていると見えて、チャンスという場面では瞬発。そして長大な旅。少しでもあやかりたいものです。ノスリのファンクラブを作ろうかと思うほどです。
日本に限っても、渡りの全容が掴みきれていないというところも魅力の一つになっております。
長い間たずさわってきた少年矯正の仕事を退官し、また、かなりの時が経ちました。夕焼けを眺めるたびに、あと何度見られるだろうと思うこの頃。
身近な生き物たちとヒトへの想いと観察を綴りたいと思います。