ハチを食うタカ 「ハチクマ」

白樺峠のタカ見の広場

タカの仲間に「ハチクマ」という種類があるというのは知っていましたが、「妙な名前だな」というだけで長い間が過ぎていました。
数年前、野鳥を撮る楽しみを覚えてから「タカの渡り」と呼ばれるものがあるのを知り、それから2年ほどして「渡り」が観られることで有名な、信州の「白樺峠」を訪ねることができました。松本市から「梓川」をさかのぼって方向としては上高地にほど近く、白樺の美しい峠の近くに「タカ見の広場」はしつらえられていました。

秋晴れに恵まれ、生涯忘れられない光景に出会いました。
霧が上がると、大小の尾根が入り組んで低まってゆく向こうに安曇野が霞んでおり、まほろばのような空間をタカが渡るのです。
上昇気流に乗って旋回しながら大きく高度を上げるのを「巻く」といい、そこから水平飛行に移って南に向かうのを「流れる」というのだと教わりました。3羽、5羽。時にはもっと多くのタカが巻き、流れてゆくありさまは能の舞台のように静かで美しく、大気が重そうに見えました。太陽を背にしたシルエットが頭上で巻くことがあって、目がくらみました。

ハチクマ=ハチ+クマタカ

信州ワシタカ類渡り研究グループ」によると、白樺峠近辺を通過して北から南に渡るタカの数は1シーズンで15,000羽前後に達し、種類としては「サシバ」「ノスリ」「ハチクマ」「ツミ」・・・の順に多いのだそうです。
「狭いようで日本は広い」と私は思いました。白樺峠1点だけでこのカウントです。北海道、東北、信越だけで、渡るタカ類は20000羽もいるとして良いでしょう。
私の訪れた日には、理由は分かりませんが、ハチクマが一番多く渡りました。ハチクマはトビほどの大きさで、翼を広げると1.3mにもなり、他のタカと比べると翼が幅広く膨らみを帯びて見え、首から先が細長く突き出した感じに見えるのが特徴だと教わりました。
翼が大きいだけに、トビに負けず劣らずに上昇気流に乗って高度をかせぐのが上手なのです。

巻き流れ
    鷹の渡りや
       尾根の風

         

ハチを主食にしているから「ハチ」、クマタカに似ているから「クマ」。合わせて「ハチクマ」。名前の由来はロマンチックとは言えません。
私にとっては驚きでした。ハチを主食にするタカが在り得て、しかもそんなに多く棲息するとは・・・。

ハチクマのユニークさ スズメバチに刺されても平気

調べてみました。たまたまNHKのドキュメンタリー番組のオンデマンドがヒットしました。豪華な機材とふんだんなスタッフと日数を投入して、NHKは秋田県白神山地で、子育てをするハチクマの夫婦を追っています。
なるほどヒナには時にヘビなどを運んでくるものの、おおかたはクロスズメバチ(ジバチ)の円盤状の巣をおみやげに持ち帰っています。一番目と三番目の写真の左下にジバチの巣の一部が見えます。(以下7枚はNHKから)

一方、ハチクマが地下に作られているクロスズメバチの巣を暴いて幼虫をごっそりいただいている現場を、「信州タカ渡り研」が動画で撮影しています。
これには脇役として、やはりハチノコが大好物のツキノワグマ(月の輪熊)が登場してきますが、こちらがジバチの巣を掘り出そうとすると、身体中に猛烈な反撃を受けて七転八倒。痛みに耐えかねて退散するありさま。ハチクマの方はハチにたかられても平然としています。

ハチクマの頭部をアップすると、これはなんと、小さな金属片を甲冑状に敷きつめたように、硬い羽毛でプロテクトされています。
全身がスズメバチの針を通さないような硬い羽毛でおおわれていたのでは、空を飛ぶことができますまい。あちらこちらで、ハチの毒針は皮膚に達するだろうと思われます。
毒を注入されても瞬時に解毒してしまう特別な生理機能を獲得しているのでありましょう。
有名な始祖鳥に見られるように、鳥類は爬虫類から分岐したとされています。祖先のトカゲのような武装を頭部にだけ残し、他のウロコを羽毛に変え、そうしてハチ毒をものともしないように特別な進化を遂げてきたわけです。
ハチを主食にするというわずかな間隙に種の存続を託し、それに成功している。ここにも進化というものの物凄さを見ることができます。

壮大な渡り

ハチクマは春に日本に渡来して子育てをし、秋9月中頃から東南アジア方面への渡りを始めます。その旅は壮大で、日本列島を南に縦断して長崎県の五島列島に至り、そこから中国の南部を過ぎ、ベトナム、ラオス、タイ、マレーシャと渡り、東に転じてインドネシアフィリピンに散開して越冬することが分かってきました。
そうした途中、マレー半島の狭まったタイのチュムボーン地方では渡りの経路が絞られ、25種50万羽の渡りが観られる一点があるということです。タカ類ってそんなにいるの?と驚かされる数ですが、実際、空を占めるほどの「鷹柱」の映像がありました。
たとえばタイでは、ハチクマは「オオミツバチ」と闘います。南方であるためかオオミツバチの巣は畳一畳を超すほどに大きなもので、これを巡って城の攻防のような戦いが繰り拡げられます。
ハチクマは数日にわたって波状の攻撃を敢行します。巣の一部にとりつくと、ここを先途と襲ってくるハチたちを、ちぎっては投げ投げてはちぎるのですが、反撃のためにかなり刺されるようで、たまらず退散するというパターンが繰り返されます。が、本丸が落ちると城の全体が崩れるように、あるとき、にわかにオオミツバチたちは巣を捨てて退去してしまうようです。
そのタイミングが不思議です。かなうことなら一度訪ねて、南方の空の鷹柱、絨毯のようなオオミツバチの巣、できれば巣を巡る攻防を見てみたいものです。

私の見たハチクマ

この秋、前に書いたように、私は初めて白樺峠を訪ねました。私が高速道路を運転するのを妻が危ぶむようになっているので、娘夫婦の車に乗せてもらってのことでした。
その日、峠を渡ったタカ類は1000羽ばかり、うちハチクマは500羽ほどであったということです。タイのチュムポーンとまではゆかないまでも、尾根の上や横を過ぎてゆく姿、ときに上空で数羽が弧を描いて舞う姿は私にとっては新鮮で、風が冷たくなるまで全く飽きることがありませんでした。
私は普段から菜園の作業で日光には慣れていますが、若い夫婦の顔や腕は一日の終わりには赤く腫れ上がるほどになっていました。高みの尾根筋はよほど紫外線が強かったとみえます、そんなところに私が粘りに粘るので、かなり辟易したようです。帰りの高速道はとっぷりと暗くなっておりました。
数日後、息子にお礼のメールを送りました。

  信濃路の 君とたずねし高原の
            はろけき空に 鷹柱見ゆ

  巻いて高く 流れて遠く鷹渡る
            白樺の尾根 乗鞍の立つ

鷹、白樺、乗鞍と印象が散乱してしまってますが、これが私の一日のまとめでありました。タイのチュムポーン地方の、さらにその一点に行ってみたいものです。行けたらアッパレです。白樺峠はきっと来年も訪れます。

ロウボウ

投稿者: ロウボウ

長い間たずさわってきた少年矯正の仕事を退官し、また、かなりの時が経ちました。夕焼けを眺めるたびに、あと何度見られるだろうと思うこの頃。 身近な生き物たちとヒトへの想いと観察を綴りたいと思います。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です