カラスのお母さんが三羽の赤ちゃんを産みました。みんな男の子だったので、一郎、二郎、三郎と名前をつけました。
一郎と二郎は、お母さんたちが餌を運んでくると、黄色いクチバシを精一杯に開いて首を突き出し、自分がどんなに腹がすいているかを訴えました。三郎だけは、二人の兄さんたちのうしろに隠れるようにして、ひっそりと口を半開きにしているだけでした。これでは食べ物をもらえません。
一郎と二郎は日に日に重くなり、つやつやと光る黒い羽根がだんだんに生えそろってきました。三郎は羽根が生えるどころか、がりがりに痩せ細り、生まれてきたばかりのトカゲの子に大きなクチバシを付けたような格好のまま、弱ってゆくばかりでした。ただどうしたわけか、頭のてっぺんに銀色の産毛がまとまって生えているのが目立ちました。
「父さんにも母さんにも嫌われているんだ。生まれてこなければ良かった」
と三郎は思いました。目を閉じようとしましたが、マブタが動きません。涙も出ません。水気も不足してきたのです。いっそ、もやもやと拡がってゆく霧の中に身をまかそうと思いました。
そのとき、巣の上で風が渦を巻きました。大きな影がおおい、たたまれました。お母さんが餌を持って帰ってきたのです。お母さんが巻き起こした風が三郎の頭に生えている銀色の産毛をそよがせました。それがきっかけであったに違いありません。ふいに三郎の頭の中で、白い玉のようなものが発火して炎を上げたのです。
兄さんたちの重い身体をぐいぐいと押しやり、首をありったけ伸ばし、口を精一杯開きました。血走った目玉とクチバシ! トカゲどころか、恐竜の子どものような凄い姿でした。
やわらかくてみずみずしい物が喉に押し込まれてきました。三郎はそれを夢中で飲み込みました。また羽音がして、お父さんが帰ってきました。三郎は前と同じように兄さんたちを押しのけて、つづいて餌を自分のものにしました。たちまち身体の中で生命がもえだし、頭がはっきりしてきました。
三年がたちました。そのあたりで、おおきなカラスの集団が評判になっており、隊形を霞かなんぞのように自由自在にひろげたり密集させたりするあざやかさを、気味悪がられているほどでした。その集団のリーダーが三郎で、頭のてっぺんに銀色に光る羽根がかたまっているので、人間たちにも「銀の星ガラス」と呼ばれておりました。
赤ん坊のころ、あやうく死にかけて、たまらず兄さんたちを押しのけたとき、一郎兄さんはこう言いました。
「なんだ。おまえの喉は生まれつきふさがってしまってるんだと思っていたよ。遠慮するなよ。ぼくも遠慮なんかしていられないんだから」
二郎兄さんはもっと凄いことを言いました。
「そうさ。お父さんやお母さんだって何時どんな目にあわないとも限らない。そうなったら俺は、お前の肉を喰いちぎってでも生き延びなきゃならん。お互い、そんなことにならないように気を抜いちゃいけないんだ」
そして巣立ちから幾日か経ったある日、お母さんは三郎にこう言ったのです。
「お前はいちばん後から巣から出て、おっかなびっくり飛びだした。心配だったんだよ。でも、ごらん。お前は一郎よりも二郎よりも、身体は小さいくせにいちばん風に乗って速く飛んでる。むこうのナラの林の動きをごらん。さあ、新しい風が来る。さようなら。これからはお前の好きなところへ何処へでも飛んでゆきなさい」
いま、三歳になった三郎は、仲間が待っている夕日の向こうの森へむかって、まっしぐらに急いでいます。
「仲間! なんてうれしい言葉だろう。ぼくはみんなのために働ける。なんて嬉しいことだろう!」
三郎は太陽に向かいながら、つづけて三回、錐をもむような鋭い旋回をしました。頭の銀の星が、そのたびにきらりきらりと光り、たちまち遠ざかってゆきました。
長い間たずさわってきた少年矯正の仕事を退官し、また、かなりの時が経ちました。夕焼けを眺めるたびに、あと何度見られるだろうと思うこの頃。
身近な生き物たちとヒトへの想いと観察を綴りたいと思います。