戻ってきた失せ物 Ⅰ 双眼鏡

 私は落とし物・忘れ物をよくやる。小学5年の頃、カバンを忘れて登校してしまい、3度目には廊下に立たされてしまったことがある。カバンを忘れるほどに何に気を取られていたのか、それも忘れてしまっている。

 大学1年の夏に、「木曾駒ケ岳国有林高山植物監視員」というアルバイトをしたことがある。
 営林署から貸与された「双眼鏡」を登山道の2合目の水場で首から外したまま置き忘れて、頂上に着いたとたんに気が付いた。今はそこそこのものをホームセンターなどで安く買えるが、当時はそんなではなかった。誰よりも早くその場に行き着こうと、頂上から一気に駆け下りて回収することができた。高山植物監視員を監視している人は居なかったから、こんな無駄をしてもアルバイト料を削られることはなかったが、みっともない話である。
 だが、「あったぁ!」という瞬間は何ともいえない。岩の上に夜露を少しのせてかしこまっている様子が、ただの機器ではない互いの因縁を生みだすようでさえある。


そんなことから私は、落とし物や忘れ物があったときには、そのときにできるだけのことをすべきなのだと思うようになった。何十年という間を振り返ってみると、手元に帰ってくる率がけっこうに高い印象がある。
直接に行動に出て自ら探さなければならない時と、しかるべき手続きを済ましたらあとは成り行き次第で待つ、という二つの流れに分かれるようだ。

 国の双眼鏡を置き忘れておよそ60年後、今度は自分の双眼鏡を置き忘れてしまった。使い慣れた野鳥観察用のもので、15年ほど前にオーバーホールしてもらって、レンズのカビなどを退治して光軸のずれを正してもらっていた。倍率9倍、大きい方のレンズ径35㎜、視野角7.3°という相棒を、里山の刈り払い作業の前に木の枝に掛けておいて、作業の終わりにふるまわれた鶏肉の入った野菜のごった煮の方に気を取られて、そのまま帰って来てしまった。

 家に戻ると、妻が「誰かから電話がありましたよ」と言う。通りすがりに木の枝に双眼鏡がぶら下がっているのを見付け、ストラップに電話番号が読めたのでお知らせします。元のところに掛けておきますから早目に取りに来られるのがいいでしょう、とのこと。
 楢の林に戻ってみると、目の高さのあたりで双眼鏡が揺れていた。あのような電話を入れてくれる人だから、まず戻って読んでくれることはあるまいと思ったが、お礼のあいさつをメモにして小枝に差し通して帰ってきた。
 それで、この双眼鏡は私の手元にあり続けている。ストラップを本体に取り付けるための金具の一方の強度があやしくなってきているので、細い革紐で補強しつつ、性能的には問題なく使い続けている。
 馴染んだものと補い合いながら用を足しあうことは気持ちの良いことである。付き合いが古くなるにつれて、世界で一つきりといった組み合わせを感じられるようになるからであろう。

ロウボウ

投稿者: ロウボウ

長い間たずさわってきた少年矯正の仕事を退官し、また、かなりの時が経ちました。夕焼けを眺めるたびに、あと何度見られるだろうと思うこの頃。 身近な生き物たちとヒトへの想いと観察を綴りたいと思います。

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