1 概観
2 農業
3 林業
4 漁業
5 まとめ
1 概観
別の稿で触れたとおり、昭和30年代の半ばごろから、我が国では世界史上でも稀とされる経済成長が長く続き、第一次産業を担う農山漁村地域から都市部へと若者たちを吸い上げることになった。
こうしたことが地域の生活基盤と経済活動に支障をきたすに至り、すでに昭和45年(1970)にはいわゆる「過疎法」が施行され、以降、3回にわたって改訂を重ねて、「予防」から「自立」というふうに対策の力点が変わってきているが、見るべき効果をあげているとはいいがたい。
「過疎地域」とみなされるには、人口要因、財政要因、公共施設整備状況などを総合して細かく規定されている。たとえば人口については、昭和45年(1970)から平成27年(2015)までの45年間に32%以上の減少をきたしているとか、あるいは人口減少率は27%以上にとどまっているものの、住民の高齢者率が36%を超えるようになっている・・・とかである。
平成29年(2017)4月1日現在、過疎市町村の数は817(全国1718市町村の48%)にのぼり、その人口合計は1100万人である。人口は全人口の9%ほどであるが、その面積は日本国土の60%に達している。
2070年ともなれば、日本の人口は30%減少し、現在の人口が1万人以下の町村では住民は半分ほどになり、国土の20%近くが無居住化するとする予測すらある。
以下に、現在の日本の第一次産業についてまとめてみる。
2 農業
日本の国土の75%は山地である。それでも、昭和35年(1960)には610万haほどを保っていた農地面積は、平成27年(2015)までの55年間に350万haに減少した。40%以上の消滅である。
同じ期間に農業従事者は1200万人から、総人口の2%に当たる200万人に減少しており、その200万人の65%は65歳以上の高齢者である。
農業生産がGDPに占める率も9%から1%に低下し、日本の食料自給率はかつての75%ほどから、危機的水準と謂われる40%を切るまでになってしまった。
残されている350万haほどの農地の10%以上に相当するおよそ40万haがいわゆる「耕作放棄地」になっていると集計されている。つまり埼玉県一県(38万ha)に相当する農地がどんどんと原野に帰りつつあり、その広さは日本の国土(3800万ha)の1%を超えるまでになっている。国土の75%は山地であるから、1%という耕作可能な土地を失うのは大きい。
この国の地勢の特徴から典型的な農産地の景色は、集落のまわりを農地が取り巻いており、その周辺に「里山」が続いて山に移っているというものである。いろいろな意義を持つ里山が荒れることからも新しい支障が出てきている。イノシシ、シカ、クマ、タヌキ、アライグマ、ハクビシンなどが繁殖して作物に被害をもたらすばかりか、ヒトが襲われることも稀なことではなくなっている。
地元の猟友会の出番なのであるが、その会員が老齢化しているために、しばしば誤射が生ずるというような話も聞くようになった。
里山が荒れると山林も放置されがちとなり、河川から海に流れ込むミネラル類に変化が起こり、漁場が荒れることは以前から知られている。
3 林業
農業よりもさらに極端であり、分かり易いようでいて不思議なところがある。
そもそも日本列島は、70%ほどが森林でおおわれているという世界有数の緑の列島である。
先の大戦中は戦争遂行のために、敗戦後は復興のために森林資源は重要であり、林業は活況を呈した。木材を不完全燃焼させて得たガスをガソリンの代わりに使えるように工夫した「木炭自動車」というのが現われ、エンジンの始動や安定や馬力に難はあったが、バスなどは車体の後ろに背負ったカマから煙を噴き上げながら走っていたものである。
復興を支えるためにも木材の需要は大きく、日本の森林の活用できそうなところは、その初期にほぼ切り尽されてしまった。戦後ただちに始められた植林は充分に成長しておらず、昭和34年(1959)の「伊勢湾台風」は犠牲者が5000人を超える最大級の災害であったが、被害を大きくした一因に森林の保水力の低下があるといわれた。続いて外材の輸入が自由化され、農業の場合と同様に、林業は急速に衰退に向かった。
現在、林業の担い手は45万人から5万人に減少しており、その30%近くが65歳以上の高齢者であり、林業生産のGDPに占める率はわずかに0.04%である。
数十年のあいだに、奇妙な捻じれが生じてしまった結果である。スギやヒノキなど針葉樹の人工林が歳月を経て成長し、今では60億m3もの「森林蓄積」となっており、これは世界最大の林業国として復興しているドイツの2倍もの規模に達している。森林蓄積とは、木材として使える樹木がどのくらい山林に生えているかをいうから、「私たちは宝の山の上にいるようなものだ」と指摘する人さえいるまでになった。
にもかかわらず、驚くべきことに、現在の日本は木材の自給率30%ばかりにとどまっており、世界最大の木材輸入国として、アメリカ、カナダ、ロシア、マレーシャ、インドネシア、オーストラリア、チリ、パプアニューギニア、EU、中国・・・といった諸国から大量の木材をさまざまな形で輸入している。森林破壊という視点から、国際的に非難を寄せられている。
一方、日本の森林蓄積60億m3というものは年々増加しつつあり、育ちつつある森林分は8000万m3/年と推計され、これはこの国の年間木材使用料とほぼ均衡する。つまり我が国は木材を自給することが100%可能なのであり、しかも、その平衡を永久に維持循環できるのである。
今のありさまは、採算が合わないということで多くの森林が放置されており、下草刈り、つる切り、雪起こし、枝打ち、除伐、間伐などの手間が抜かれ、樹木が密に重なり過ぎて表土も流失しがちな状態になっているところも少なくない。健全な森林は、炭酸ガスの吸収と酸素の供給という重要な機能を担い、斜面の崩落を防ぐといった役にも立っているが、多くの倒木が腐敗するような状況では、環境にとってむしろ負担になるという。
平成29年(2017)7月に北九州地方に続いた豪雨では、河川に転がり落ちた大量の流木が濁流を堰き止めてしまって被害を広げてしまったようであるが、これこそは国土が与えてくれたせっかくの宝を、災いの元にしてしまっている無策のあらわれであるだろう。
4 漁業
漁業についても発展した状況は見えない。ごくおおまかな流れは、この40年間で漁業従事者は3分の1以下に減って現在20万人を下回っており、その40%近くが65歳以上の高齢者である。漁業生産がGDPに占める率は0.14%で、魚介類の自給率は、かつて100%であったものが現在60%ほどである。
日本列島は四方を海に囲まれている。日本人は海の民である。近ごろは国際的な問題がからんで難しくなっているとはいえ、この国が海産物の半分近くを外国に頼っているというのは、いったいどういうことなのだろう。
5 まとめ
この国は水資源に恵まれており、年間雨量は中國全土に降る量の数倍にも達するという。緑がみずみずしわけである。
そうした恩恵を活かしきれずに、第一次産業から浮き上がってしまっている私たちは、よほど生き方の基本がずれていると自覚せざるを得ない。
ずれがたいそう大きいだけに、すこしの修正でも、その効果は目覚ましいであろうことが希望である。
長い間たずさわってきた少年矯正の仕事を退官し、また、かなりの時が経ちました。夕焼けを眺めるたびに、あと何度見られるだろうと思うこの頃。
身近な生き物たちとヒトへの想いと観察を綴りたいと思います。