追憶 ダム氷上の下駄スケート大会

木曾谷の温暖化

「ぼくが成人式を迎えるころまではダムでスケート大会ができたよ。下駄スケートでね・・・」と話すと、地元の人でも「えーっ!信じられない」と云う人が多い。この頃のことである。
信じられないというのは、下駄スケートを使ったということではない。少し前まで、大勢の人が乗れるほどにダムが凍結した、という方についてである。

日本列島の温暖化のスピードは驚くほど速いらしい。
終戦後15年(1960)ころまで、たしかに木曾谷のダムは全面が凍結した。それが年ごとに薄くなり、多少の揺り戻しがあったらしいが、戦後30年(1975)に帰省した冬には、なんと、ダムの水面はさざなみ立っていた。

蒼氷

私が子どもだったころ、田んぼでもダムでも、まだ誰も乗っていない氷はレンズのように透明で、下のものがそのまま透けて見えた。田んぼでは稲の切り株の列が、ダムでは・・・ダムの氷の下は黒々と深みに続いていて何も見えず、不気味だった。子供たちはそんな氷を蒼氷(あおごおり)と呼んでいた。
蒼氷には粘りがあるようだった。ダムの蒼氷の上を数人が連なって滑るのを離れたところから見ていると、氷がしなって沈み、一群が通り抜けるとゆっくりと持ち上がった。
今よりも寒かったとはいえ、ダムに張る氷はそんなに厚くはなかった。氷がたわむ時にひびが生じることがあり、腹に響く音とともに、ガラスに入るひび割れによく似た腺が電光のように通り過ぎてゆく。これも不気味だった。

氷上の下駄スケート大会

私が高校の2年と3年の冬。ダムの氷の上で「下駄スケート大会」というのが催された。れっきとした学校行事であった。
深い水の上に張った氷の上に、よくぞ100人を超す生徒を乗せて動き回らせたもの。今どきは考えらないような度胸である。

ダムには沢が流入する場所と、溜められた水を発電用に取り入れる取水口がある。どちらにも水の流れが生じるから氷は薄くなっている。それでいて表面からは見分けが付かない。
沢が流れ込む場所で踏み抜いたら、そのまま氷の下に持って行かれてしまう。一方、取水口に吸い込まれたら、高圧のトンネルの中を運ばれ、発電用の巨大なスクリュウにかけられて挽肉になってしまう。
もう一つ、堤体(突堤)を乗り越えるように放流されている流れに巻き込まれたらコンクリートの壁を何トンとも知れない水と一緒に真っ逆さま。やはりバラバラになる終末を迎えることになる。
ズズンとひびが縦横に走ることがあったが、生徒たちも先生たちも、誰一人として陸に戻ろうとはしなかった。誰かの発案で、数人ずつ分散したことがあったような気がする。

幻の表彰状

高校3年の冬に、どうしたことか、私は円形のコースを2周する競争(距離不明)で1着になった。普通の運動会での徒競走では毎年4位という繰り返しだったから嬉しかった。氷上の本格的な表彰式で、校長先生から賞状をいただいた。生徒たちがかなり密に集められていたから、ひやひやしてのことだったが、それだけに印象的な思い出として残っている。
その表彰状をどこかに紛れ込ましてしまったのは、今になって悔やまれる。下駄スケートは早々に滅んでしまったのだから、私が手にした表彰状は絶後のものであったかも知れない。スケートのメッカ、下駄スケート発祥の地である諏訪湖周辺の学校などで似たような類が残っているかもしれないが、「・・・第二回ダム氷上下駄スケート大会において頭書の・・・」という文言は空前絶後のものであったろう。

地震

平成23年3月11日午後。あの地震に襲われて東京も相当に揺れた。
最初の衝撃を受けたとき、妻がすっと立ち上がって居間の入口に近づき、2本の柱の間に両手を突っ張って家の倒壊を止めようとするような、どうしても意味不明な行動をとった。・・・あとで、なお硬い顔をしながら「家が悲鳴を上げたから支えてやろうと夢中だった」と、とんちんかんではあるが健気なことを言った・・・。
続いて、ありふれた地震では無いことだが、身体が上下に動くのが感じられた。
ふいに、遠い冬の日の感覚が呼び覚まされた。凍ったダムの向こうを一群の下駄スケーターが滑走してゆく。それにつれて青い氷がたわんで沈み込み、ゆっくりと元に戻る。その波動がこちらまで届いて、私の身体もわずかに上下する。足元を覗くと、透明な氷の下はただ黒いだけであった。

少年末期の思い出は、あやうさを含んでキラキラと光っている。
日本のダムでのスケート大会は、やはりしない方が良い。その時は無事に終わっても、後遺症を残すことがある。それは地震に揺られた時などに現れる。
「下駄スケートを持って行って、バイカル湖で滑らないといけない」と言うと、また妻が妙な表情をした。分かっていないのである。

ロウボウ

投稿者: ロウボウ

長い間たずさわってきた少年矯正の仕事を退官し、また、かなりの時が経ちました。夕焼けを眺めるたびに、あと何度見られるだろうと思うこの頃。 身近な生き物たちとヒトへの想いと観察を綴りたいと思います。

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