この記事は「日本と北欧と世界 日本だってやれるぞ!」を下のように分割したものの、そのⅤです。
そのⅠ ある中年カップルとの会話
そのⅡ 自然災害と天然資源
そのⅢ 来た道 似たところと違うところ
そのⅣ 自然との向き合い方について
そのⅤ デザインについて
そのⅥ 世界の目と自身の目
そのⅦ 日本の今の豊かさ 「貿易立国」から「投資立国」へ
そのⅧ なぜ日本は「最高の国ベスト3」に入るのか
そのⅨ 北欧よりも日本にあるもの
そのⅩ 私の精一杯の提言
そのⅤ デザインについて
北欧の人々にとって、冬の寒さは着々と克服することが出来てきたものなのでしょうが、その長さと暗さはどうにもならないものであったはずです。
朝8時に出かけようとすると、日本の感覚では深夜のような暗さで、夜6時に帰ろうとすると、深夜のような暗さなのです。どう工夫しても、いくらなんでも、23.4度という地球の傾きを替えることはできますまい。
北欧と日本のデザインの似たところ
限られた屋内空間で過ごすことを強要され、太陽と緑を待つこと久しいとすれば、狭い空間をできるだけストレスの少ないようにセッティングする必要があります。それには、ちょうど日本人の感覚のように、自然のエッセンスを身の回りに置いて癒されようとするやり方が有利でしょう。
北欧デザインといえば、椅子、家具、日用品…。
その特徴として、自然素材の活用・エッセンスだけの簡素・朗らかな配色・機能性と耐久性の重視・照明の巧みな演出。
小さな生活の知恵が長い年月をかけて積み上げられたものにちがいありません。
自然のエッセンスを身近に感じたいという基本が共通していますから、北欧のデザインと日本のそれとに似通ったところがあるのは当然のこととも云えましょう。
北欧のデザインには優れたものが少なくないと思いますが、自然の中から抽出するという純度に於いて、日本にはさらに出色であるだろう日用品がいくつもあります。
私にその上位3つをあげなさいと言われれば…箸・弁当箱・風呂敷。
ことに、箸という小道具は稀有と思われます。簡明と多機能と合理の極みです。あまりの多機能から、うつりバシ、よせバシ、わたしバシ、まよいバシ、つきバシ、さぐりバシ、なめバシ、ずぼらバシなどというNGがずらりと並ぶほどで、日本人の礼儀正しさと器用さを守っているのは箸ではないかと思われるほどです。
次の3つを挙げるとすると・・・手ぬぐい・和包丁・下駄といった日常品。
いずれも長い年月の絞り込みを経たもので、たとえば下駄と浴衣を抜いては日本の夏の文化を語れません。
私の好みを加えても良いとして、この国特有のものとなると、さらに・・・和傘・鉈・肥後守・藁ぐつ・背負子(しょいこ)・蓑笠などが浮かびます。背負い子はデザインも機能も優れたものでしたが、近ごろはアルミパイプなどで作られるようになり、藁沓はデザイン性出色ですが、合成ゴムなどのものに代わられて、装飾として置かれるばかりになってしまいました。
食は文化の集大成ともいえるのでしょうが、「和食」とまとめられるものも、生活の中に育まれたセンスが集積されたものに違いありません。ご承知のように、自然素材を活かした料理の仕方やアレンジメントに長い時をかけた昇華が窺え、世界に広まりつつあります。
北欧と日本のデザインの違うところ
これまで述べたように、身辺に密着したもののデザイン性となると北欧と日本とは共通したところが多いのですが、生活が外につながって、自然を含めた舞台が大きくなると、それぞれに違ったところが出てきます。
北欧のアクティブに対して日本のパッシブ、北欧の動的に対して日本の静的、利便性追求に対して意味追及、実用と鑑賞、といった傾向と言えるかと思います。
例えば刃物類について
スウェーデンは屈指の林業王国です。スウェーデン鋼を使った各種のオノが絶えず改良され、機能の優れたものが世界のブランドになっています。日本では、戦後の林業の衰退のためもあるのでしょうが、一定のままのところにとどまっています。
向こうの長剣と、こちらの日本刀とを対比するとさらに明らかです。長く頑丈な長剣は、激しい乱戦に耐えられることに重点を置いて改良されてきたのでしょうが、日本刀は次第に「武士の魂」や「武士道」といった象徴性を備えるようになり、現在ではもっぱら「芸術品」として鑑賞の対象とされるまでに昇華されています。剣術は「剣道」という修養に発展しました。
弓や銃について
これらも同じような傾向は明らかです。洋弓は飛距離と正確ということで発展してきて、現在も「アーチェリー」に引き継がれてオリンピック競技にもなっています。和弓はいつのころからか「弓道」という、伝統と修養に変わってきています。
銃についても大きな差がありましょう。西洋では、先込め式から元込め式へ、雷管の発明、火薬と弾丸の工夫、というように目まぐるしく発達し、「自動ライフル銃」や「狙撃銃」といったものに至っています。日本では長い間、基本「種子島」から少しも動かずに、それを扱う方法が「銃術」や「秘伝」として固定され、精緻に飾りを施されたものが武力の象徴として鑑賞されたりしていました。
スキーについて
スキーはノルウェー人の大きな発明で、いかにもアクティブです。雪の山野の移動を楽にするためにたゆまず改良されました。本当かどうかは分かりませんが、スキーを覇かした囚人を急斜面の上から放って懲罰にしたというのが、ジャンプという技術の始まりだったということです。冬季オリンピックでのノルウェーの活躍、ことにジャンプとノルディックスキー部門での成績に見るように、冬のアウトドアに対する強い意気込みと誇りが窺えます。
日本では雪国は限られているとはいえ、承知のように世界有数に雪の多い国で、
スウェーデンから来日した人が「日本の寒さに驚いた」という話を聞いたことがあります。日本でも雪の原野で活動する道具は工夫されましたが、カンジキとそれに似たものにとどまりました。
ちょっとずれますが、私は北欧でリネン地のテーブルセンターのようなものを買ってきました。描かれているのが、直線的に簡素化されていますが名産のタラであることが分かり、全体にユーモラスであるのが気に入ったからです。PCの日除けのために窓際に垂らしていますが、タラの一匹を反対側に向けてある当たり、見る度に「やるなぁ」と思うのです。
デザインについてまとめると
デザインは、外界とどのように向き合うかという姿勢を煮詰めたものだと思います。
北欧の暗くて長い冬を耐えるに、「暖かい自然」のエッセンスを切り取って身近に置くのは有効なことでした。これが北欧のデザインの原点です。
想定の上を現す日本の自然と向き合うに、「安全な自然」のエッセンスを切り取って身近に置くのは有用なことでした。これが日本のデザインの原点です。
共に自然からのエッセンスを探求しようとするのですから、互いに似たところがあるというのは不思議ではありません。
文明が進んで生活技術が向上するにつれ、北欧では寒冷という厳しさが克服されてゆき、自然はより親しみ易いものに変遷しました。それを反映して北欧のデザインは「アウトドア志向」を強めてゆきます
それに対して日本の自然も美しくあるものの、文明が為した想定をなんなく覆すといった凄味を保持したままでした。それを受けて日本のデザインは「インドア志向」を強めてゆきます。
概して、北欧のデザインが能動的で朗らかなものに代わっていったのに比べて、日本のそれは内面的なまま、より象徴性を深めていったものと言えそうです。
長い間たずさわってきた少年矯正の仕事を退官し、また、かなりの時が経ちました。夕焼けを眺めるたびに、あと何度見られるだろうと思うこの頃。
身近な生き物たちとヒトへの想いと観察を綴りたいと思います。