この春は、畑をよく荒らされました。ネギの苗床を作ったり、コカブ、ホウレンソウなどを蒔くと、平らに均されたところを狙うように結構に深い足跡を散らされるので、質の良くないネコかイヌの仕業とばかり思っていました。
五月の中頃にショウガの種を植え込むと、その五・六個がほじくり出されて、ほとんど元の位置に並べてあるということが二度ありました。ネコやイヌはこういう手の込んだことはしません。タヌキかハクビシン。おそらくタヌキだろうと思いました。
タヌキ登場
五月の末のこと、キュウリの苗の手入れをしていてふと目をあげると、ずんぐりした感じの動物がジーッとこちらを窺っているのと対面することになりました。距離は5〜6メートル。
直ぐにタヌキだと分かりました。幼い頃から、良く特徴を捉えたタヌキの略画やマンガを見慣れているせいもあるでしょう。
ようやく動き出して横顔を見せました。なかなか堂々としたもので、クマの写真だと言っても通りそうなほどです。
正面でも横でも、何処を見ているかはっきりしないような、すくい上げるような暗い目つきが印象的です。瞳孔がはっきりしないせいもあるでしょう。
この暗い印象と広い雑食性が結び付くと、あまり晴れやかでない旺盛な生命力ということになりましょう。実際、タヌキはもともと世界的には珍しい動物で、日本、朝鮮半島と中國東部にのみ分布していたところ、ソビエト時代のロシアが養殖するためにヨーロッパに持ち込みました。質のいい毛皮が目的でした。逃げ出した何頭かが野生化し、今はほとんどヨーロッパ全域に棲息しているそうです。なんでも食べると言って良いような広い雑食性のためでありましょう。
タヌキは妖怪??
タヌキのそんなところから「タヌキおやじ」「タヌキじじい」「同じ穴のムジナ」などという言い方が生まれたものに違いありません。地方によって、タヌキのことをムジナと呼ぶそうです。遠く日本書紀に「陸奥国に貉(むじな)あり人となりて歌う」とあるように、ずっと古くからタヌキは化けるという思い込みもあったようです。「狐の七化け狸の八化け」というようなものすごいものもあります。
昔話「カチカチ山」でのタヌキは、強欲で嘘つき、お婆さんを撲殺して「タヌキ汁」ならぬ「ばあ汁」を作り、それをお爺さんに食べさせるという極めつけの兇悪な振り付けがなされています。
それとも 愛嬌あるぽんぽこ??
一方、旺盛な生命力ということでは根は同じですが、タヌキは「他抜き」、つまり競争相手を抜き去るということで、ことに商売の方では縁起の良いものとされ、「ぶんぶく茶釜」という民話が生まれています。茶釜に化けたのはいいが元に戻れなくなったタヌキが、優しくしてくれた商人に、「茶釜の綱渡り」というのを見せ物にして儲けた大金で恩返しをするという話です。商家の玄関番のように置かれるようになった独特のスタイルの「信楽焼のタヌキ像」は、大きな傘、まんまる目、太鼓腹、太い尻尾、大福帳というユーモラスなのが定番ですが、それぞれ、損害から逃れる用心、広い視野、太っ腹、しっかりした帳尻、信用という、商売に大切な心得を表しているのだそうです。
もともとヒトは「タヌキ汁」を作ってきたわけですから、タヌキが「ばあ汁」を作ってもおあいことも言えるでしょうが、やっぱりヒトの方が上を行っていて、「タン タン タヌキの○○は 風に吹かれて ぶらぶら」というのを、なんと讃美歌「まもなくかなたの(Shall we gather at the river?)」のメロディーに乗せて流行らせました。老若男女この俗謡を知らない人はいないでしょう。
まじめに明るいのは、「しょ しょ しょじょうじ 証城寺の庭は ・・・ おいらの友達ゃ ぽんぽこぽん のぽん」という大正年間に野口雨情作詞・中山晋平作曲で作られた童謡で、戦後のラジオ番組「カムカム英語」の出だし「Come come everybody How do you do? And how are you?]にメロディーが使われたことも有名です。
私にとっては 身近な不都合な真実
ところで私の場合、このタヌキに出会ってから数週間後、まだ青いけれどもかなり大きくなったトマトが、中をえぐり取るように食べられているのを見付けました。これから毎朝、トマトが数個ずつ盗られるとしたら、私のトマトはどういうことになるのでしょう。不都合な現実です。
タヌキの糞場
タヌキは決まったところに糞をする習性があります。混じっている種子や臭いなどで、仲間との様々な情報を交換しあうのだそうです。雑食性であるので、ひどく臭うのですが・・・上の糞場は新しく、下は少し古いものです。柿の種子と、私には分からない種子が見えます。
長い間たずさわってきた少年矯正の仕事を退官し、また、かなりの時が経ちました。夕焼けを眺めるたびに、あと何度見られるだろうと思うこの頃。
身近な生き物たちとヒトへの想いと観察を綴りたいと思います。