真っ先にいきなり、「ジョウビタキ」という小鳥の登場

たまたまポケットに入れていた小さなデジカメを通して、この小鳥との思いがけない出会いがあり、「このあたりにはどんな野鳥がいるのだろう」と思い付くきっかけになりました。先ずはあいさつしてもらいます。

はじめまして、ジョウビタキです!

ちょっとあらたまったところで、私ロウボウから聞いてもらいたいことがあります。

人は、「あれは虫ケラのようなやつだ」と他人をなじることがあります。私はこれが嫌いです。虫ケラに失礼だと思うからです。虫ケラとはたぶん昆虫のことを指しているのでしょうが、たとえばトンボひとつを見てみても、ヒト(ホモ・サピエンス)が未だ手にすることのできない能力を、とおいとおい昔から備えているではありませんか。前後左右、上昇下降、ホバリング、自由自在で滑らかな飛行術・・・。ヒトの技術者たちが競って学び取ろうと奮闘しています。トンボを真似たヘリコプターはまだまだ完全でなく、よく墜落しています。
虫ケラばかりでなく植物にも同じようなことがいえます。20年ほど前に日本中を騒がせた「神戸連続児童殺傷事件」に責任のある「酒鬼薔薇聖斗」と名乗った元少年は、「人もキャベツも同じだ」と言ったことがあります。「キャベツを刻むのも、人を殺めるのも同じことではないか」という意味で使っています。これもキャベツにとって失礼です。いつか触れられたらと思いますが、生命の原理の原理ではヒトもキャベツも同じですが、キャベツにはヒトよりも優れたところがあるからです。

トリたちの優れたところ

気配があれば空を見上げるのが癖になっているほどに、空を飛ぶもの、とりわけ鳥類は私の憧れの的です。トリたちは激しい運動をしますから、体内でたくさんの酸素を燃やすことが必要であり、それを取り込む呼吸器が、ヒトの属する哺乳類よりもはるかに進化しています。

ヒトの肺臓は出入り口が一つの袋のような単純な構造になっていて、これをふくらまして吐き出す、つまり1回の換気量は500㎖ほどですが、袋の出入り口に相当する軌道の中にたまった吸気は、ガス交換に利用されることなしにそのまま吐き出されてしまいます。この無駄な空気は呼吸死腔と呼ばれて150㎖もあり、なんと、換気量500㎖の30%にも達します。
エベレストは8848mの高さがあるそうですが、高度8000mのあたりでは酸素濃度が平地の3分の1ほどになり、ヒトにとってはこれから上はデスゾーンで、とりわけ多くの酸素を必要とする脳神経細胞がどんどん死んでいってしまいます。
これに対し鳥類のうちには、ヒマラヤ山脈を季節によって越えたり戻ったりするのを習性にしている種があります。それどころか、12000mを飛行していたジェット機のエンジンに衝突したコンドルがいたという話を聞いたことがあります。
鳥類には呼吸死腔がありません。フイゴのような役割をする気嚢という装置を肺の前後に備えていて、空気を吸うときも吐くときも、肺には一定の方向に空気が流れるようなシステムになっています。それで酸素を毛中に取り入れる能力は、哺乳類の2.6倍ともいわれています。

地球の生き物は一種類

「DNAという設計図で作られたものを、ATPというバッテリーで動かす」という原則的なシステムでは、ヒトもキャベツもトリも同じです。それどころか、この地球という惑星にはただ一種類の生き物しか存在しないとも言え、宇宙と生命の進化に懸けて、どういう環境でどのような形で棲息していようとも、生命というものはどれもこれも同じ重さを持っていると思わざるを得ません。
「生への畏敬」とは、アルベルト・シュバイツァーがアフリカのコンゴ流域での診療活動中に、乾季の水溜りでひしめき合うカバの群れに取り囲まれた時に得た啓示であり、彼はこれを価値と倫理の根幹に置きました。「生命を守りこれを促進することは善であり、生命を無くしこれを傷つけることは悪である」と言い切り、そこに妥協があってはならないとしました。たとえば、人は生き延びるためにキャベツを切り刻み、牛を葬り、一歩を歩くごとにたくさんの細菌や小動物を踏み潰すけれども、それらはあくまで「悪」なのです。そこにどこまで「生への畏敬」を込めて実践できるかは、個人の責任において決断すべきものであるとしております。
「生への畏敬」は、いま自然にそのままにあることへの敬いと憧れであると思います。宇宙感覚とでもいうものに通ずるのではないでしょうか。

私は数年前から「日野市(東京都)倉沢の里山を守る会」のメンバーになっていて、ボランティア活動の見返りに小さな菜園を借りられています。
冬の最中の晴天の日。春に備えて畑の土起こしをしていると、どこからかきれいな小鳥が独りでやって来て、すぐ近くの杭に止まり、「ヒッヒッ」と小さく泣きながら、ときどきおじぎをして尾をふるわせるような仕草をするのです。クワで掘り進む先々に回り込んで、黒い目を光らせてはおじぎをするものですから、「早く虫を掘り出してよ!」と催促されているような気分になりました。あとで何人かのボランティア仲間に話をすると、「自分がスコップを使っているときもオレンジっぽい小鳥が近づいてきたことがあるよ」ということでした。おそらく同じ個体であったでありましょう。

 

 

 

 

 

 

多摩川河川敷は広大なバードサンクチュアリ

東京都日野市倉沢周辺、グーグルマップなどで空から確かめてみても、さして大きな森や林に囲まれてはいません。けれど、わたしたちが活動しているあたりを中心にして半径3キロメートルの円を描き入れてみると、なんと東京近辺では名だたる「野鳥観測スポット」とされているらしい小さな環境が5箇所も点在していることが分かります。写真を見てください。ほぼ中央に「多摩動物公園」、北のはずれに「昭和記念公園」、南に「小山田緑地公園」。円の北側を西から東へ「多摩川」が流れていますが、その東端に「多摩川・大栗川合流点」、西端に「多摩川緑地」というわけです。

武蔵野のうちの多摩丘陵地域も、なお東京一局集中化が進んでいてモザイク状に浸食されつつありますが、多摩丘陵は凹凸がけっこうに激しい地形をしているために開発から取り残されるところが無いではありません。
多摩川の存在も大きいと思います。この川は河川敷が広く開けているところが多く、東京湾から奥多摩地方までベルト状につながっている広大な野鳥サンクチュアリといったところがあります。もっとも、堤防に続いた草地の一部は、夏場に2度ほど機械で刈り取られてしまうのは気の毒なことですが。
多摩川の周辺には、本来この国で生産される量では生活を支えきれずに、食料の60%ほどを外国からの輸入を必要としているというヒトたちが、そんなことにふさわしくめまぐるしく活動していますから、年ごとに浄化技術が進んでいるとはいえ、多摩川に流れ込む栄養分は次第に増えてゆくのは当たり前でありましょう。水生生物が増殖すればそこにいわゆる食物連鎖が働き、藻、昆虫、魚、水鳥、他の野鳥や動物・・・と影響は周囲にまでおよび、ヒトと野鳥が共存するというサイクルが出来上がっても不思議はありません。
東京の都心でもオオタカやハヤブサが観られます。トリばかりではなく、タヌキやハクビシンやアライグマが増えているということです。ロンドンやニューヨークでも猛禽類が増えているというレポートを読んだことがあります。私はヒノキの森に取り巻かれているような信州の山奥で育ちましたが、少年のころを通して、いま暮らしている多摩丘陵ほど野鳥を見かけることはありませんでした。そうしたことを話すと、「東京では、残された小さな森や林に集まって来るから目立つのだよ」という人がいます。そればかりではないと思います。たとえば木曽川の上流の岸辺に一日中座っていても、多摩川のしらしら明けの頃のカワウやシラサギの大編隊での移動や、共同で魚たちを追い詰めるドンチャン騒ぎなどは決して見られないものです。秋のほんの一時期、山稜をすれすれに南に渡ってゆく霞のようなツグミの群れなどを別にすれば・・・。

話をもどします。
ジョウビタキはスズメほどの大きさで、夏を大陸のシベリヤなどで過ごして繁殖し、秋の終わりごろに日本に渡って来て雪のない地方で冬を越すという、「冬鳥」と呼ばれるものの一種です。その彩りの美しさに加えて、漂う愛嬌のために、一度目にするとひいきになってしまう人が多いようです。
クチバシと顔は黒。額から頭を通して肩ほどまでがツヤのある銀灰色。胸から腹が太陽の光をいっぱいに浴びて透明に輝いているような赤茶色。銀色のズキンが名前の由来で、古くは「翁」を「じょう」とよび、その白髪からの連想でしょうが、「炭が焼け残ったあとの灰」のことを言ったそうです。これも銀白です。「ビタキ」の方は鳴き声からのもので、短いけれども鋭い調子が、火打石を打ち合わせるときの音に似ていることから「火焚き」というわけなのです。
オスは、銀灰色、黒、オレンジのコントラストが印象的ですが、メスは、サイズが少しおおぶりなものの、ウグイスかと見まがうほどに全体に灰色をしており、腰のあたりがほんのり黄色がかっているかといったふうです。
ただ、オス・メスともに翼にくっきりした白い紋が付いており、律儀におじぎをすることからも、モンツキドリと呼ぶ地方もあります。

雑食性ということですから、冬はおもに木の実を食べているのでしょうが、たまにはジューシーなタンパク質が欲しくなるのでしょう。クワやスコップをふるうヒトを見ると、近づいて来るのです。それにしても、この人なつこさはどうでしょう!
ヒトの近くで生活していながら、たとえばスズメやカラスの油断のなさと比べると、生き物の不思議さが思われます。トキワサンザシなどの実をたわわに付けた生垣を巡らしている家の前を通るときには、枝先からこちらを見てお辞儀をしているジョウビタキと近づきになれることがあるはずです。少し気を配ってみてください。下の写真は、ほんの散歩の途中で撮ったものです。

 ジョウビタキのメスをお見せしておきますご覧のように、頭の銀白色もなく、トレードマークの白色の紋も控えめです。

 

ロウボウ

投稿者: ロウボウ

長い間たずさわってきた少年矯正の仕事を退官し、また、かなりの時が経ちました。夕焼けを眺めるたびに、あと何度見られるだろうと思うこの頃。 身近な生き物たちとヒトへの想いと観察を綴りたいと思います。

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