何か新しいものに遭遇したとする。まず驚きや恐怖におそわれるが、とりあえず身に危険が及ばないと感じ取った時には、恐怖心に代わって好奇心というものが現われます。ある程度進化した生き物にとっては、更なる種の発展を促すための本能に基づく探索であるとも言えましょう。
ここに挙げる小鳥たち、ヒバリ、タヒバリ、ハクセキレイ、キセキレイは、私の知る限り普段は結構に警戒心の強い野鳥たちです。にもかかわらず、目と目が合い、何かを知ろうと探り合った時を、私は持つことがありました。バードウォッチヤーなら誰でも経験のあることだと思いますが・・・。
ヒバリ Ⅰ 2月20日(水) 11:05〜11:32 (写真データ情報)
このヒバリは、5mほど離れてふいに出会ってから27分間というもの、エサを探すでもなく、大部分を河原の一つの石の上でじっとしながら、私と目を合わし続けていました。冬の終わりの良く晴れた日でした。
ヒバリ Ⅱ 5月24日(金) 9:39〜10:04 (写真データ情報)
初夏の多摩川のほとりの河原。これも5mほどの距離を保って、忙しく雑草の実をついばみながら移動しつつも、絶えずこちらを窺って、なんと25分間を付き合ってくれました。
こちらが付いてゆくのに疲れて立ち止まったころ、ヒバリも向こう岸に飛んでゆきました。
キセキレイ Ⅰ 12月30日(日) 9:29〜10:40 (写真データ情報)
多摩川の初夏。岸近くの岩をベースに、何度も何度も、飛び立っては戻り、飛び立っては戻りの行動を繰り返していました。エサを見付けてひらりと飛び付くというのでなく、岩の周囲を巡るのを確かめるというふう。71分間におよび、私を相手にするというよりも、飛ぶこと自体が面白いという風でした。若鳥だったかも知れません。
キセキレイ Ⅱ 3月17日(日) 10:43〜10:45 (写真データ情報)
初夏 月。土手の上を歩いていて、下に居るキセキレイと鉢合わせをしました。パッと飛び立つことをせず、短くはありましたが充分な間、こちらを見上げていました。
ハクセキレイ 3月24日(日) 9:49〜9:52 (写真データ情報)
コサギの一群が朝食を摂っているのを観ていると、わきに飛んできたシロセキレイです。こちらに気付いてびくりとしたようでしたが、飛び立たず、これも十分な間、コサギも観ている私を観ていました。
タヒバリ 3月17日(日) 10:10〜10:17 (写真データ情報)
普段、タヒバリは藪の中で地面をつついており、ヒトなりが近づく気配を察すると藪を潜り抜けるように飛び立ち、何メートルか先の茂みの中に姿を消してしまうものです。警戒心はかなり強いと思われます。
このタヒバリは、始めは藪の中から、やがて石敷きの切れ目に出て先へ先へと歩き、振り返ってはこちらを観察していました。
生きるために必須な行動から逸脱した瞬間
命ある限り。生き物たちはこの惑星に生命を得て生きているあいだを、生きるために必須な行動を連続させています。小鳥たちも、餌を探し、移動し、渡り、求愛し、巣作りをし、子を育てるということを休みなくつないでいます。無駄はありません。
すると、ここに挙げたような言わば無駄事は、自然が与えてくれたぎりぎりに絞られた贅沢な時間であるかも知れません。何のために・・・?。
長い間たずさわってきた少年矯正の仕事を退官し、また、かなりの時が経ちました。夕焼けを眺めるたびに、あと何度見られるだろうと思うこの頃。
身近な生き物たちとヒトへの想いと観察を綴りたいと思います。
鳥の記録、早朝から日暮れまで見事な写真を添えて素晴らしいですね。
でも鳥の気持ちまでは推察するのはやはりたいへん!
ひと昔前、息子が助けたカモメが逃げもせず、そのままカヤックに乗って3時間も一緒にツーリングしたことを思い出しました。
http://solarculture.jp/kayak/trip/trip_059.html
助けてあげたカモメと3時間もカヤックで旅をしたという息子さんの話。不思議で和みますね。絡んでいた糸から解放してあげるときには力を加えるわけですが、それを加害と取らずに助けと捉える野生の勘というものはどうなっているのでしょう。お見送り付きですから畏れ入ってしまいます。素敵なコメントをありがとうございました。