多摩川のススキの群生
冬の東京近辺は、北陸地方に住んでいる人たちには申し訳ないと思われるばかりに、天候に恵まれます。この年も正月を挟んで小春日和が続きました。
多摩川中流の、とある堰を乗り越えて落ちる流れの中で、3羽のカワウと数羽のセキレイが、贅沢な光のきらめきを楽しんでいるのを見掛けました。
カワウたちがのっそりと日向ぼっこをしているのと対照的に、どんな餌を探しているのやら、リズミカルにステップを踏み続けているのはキセキレイです。
周囲の河原一面に広がっている尾花の連なりは、ススキのものです。
本来、ススキは乾いたところを好んで、株ごとに根を縦に張るので、茎は株立ちになって中心から周囲に広がるように伸びるのですが・・・画面を見るかぎり、多くの茎が互いに垂直に立ち上がっているので、「オギ(荻)じゃないの?」と疑いたくなるほどです・・・。
けれど、この群生は間違いなくススキなのです。
ススキは刈り取りに強く、刈れば刈るほど増えるといった特性を備えていますから、思えば、まとまった雨が降るごとに状況が一変する河原こそが、ススキのしぶとさが発揮される舞台であるのでしょう。
目の前のススキの茎たちが垂直に伸び立っているということは、先年の夏から冬にかけては、河原の土や石がごっそり持って行かれるというような大雨が無かったからだとして良さそうです。
エナガ・シジュウカラ・メジロ それぞれ登場
エナガ登場
そんなススキの群生の一画に、エナガたちが訪れて来て、元気一杯に餌をついばみ始めました。
ちょこんとしたクチバシにまんまるな目。長い尾羽を巧みに効かせて、ひらりひらりと移ってゆきます。
尾が柄杓(ひしゃく)の柄のように長いのでエナガ(柄長)という名前が付けられていますが、なんとも可愛らしいことでも有名です。
ススキの茎に潜んでいるアブラムシのようなものをつつき出しているのでしょうが、見ての通り、細い茎は揺れも傾きもしていません。はかないほどに小さくて軽いのです。
メジロ登場
そんなところへ、おなじみ、メジロがやって来ました。
メジロは、花の蜜や果汁が大好きなのですが、小さな虫なども食べます。エナガが群れているのにあやかろうとしてきたものでしょう。
ススキの茎は、揺れも傾きもしません。メジロも小さくて軽いのです。
シジュウカラ登場
モスグリーンのジャケットに黒いネクタイ。里山のダンディ、シジュウカラ。
シジュウカラとエナガが一緒に群れていることがしばしばあります。小さな虫を好むという食性が共通していることから、餌を探すためにも、危険から身を守るためにも、眼の数が多い方が有利なのでありましょう。
そのシジュウカラは、エナガやメジロよりもガッシリして重そうに見えます。
けれど、ススキの株の中心あたりで垂直に立ち上がっている茎はそれなりに頑丈であるらしく、撓むこともなくシジュウカラを乗せています。
エナガとシジュウカラ 重さの違いがまざまざと
さて、いくらか傾いている一本のススキの茎にエナガが取り付いているところへ、不意にシジュウカラが横槍を入れて来てエナガを追い払って、「どいた、どいた、続きは僕が喰う!」とばかりに茎の座を奪ってしまいました。
と、エナガの重さを支えていたススキがググッと傾き始めます。
棒高跳びの選手、それも飛越に失敗した選手さながらに、倒れて行きながらも「なんだ、なんだ、なんか文句があるの? ペッ、ペッ」とでも毒づいているように見えるのがご愛敬です。
実測によると、エナガの重さは7g前後、メジロ11g前後、シジュウカラ16g前後であるそうです。
スズメ30g前後、ヒヨドリ・ムクドリ・ツグミが70〜80gとされていますから、小春日和にススキに集まったエナガ・メジロ・シジュウカラは小鳥の中でも小さくて軽く、エナガに至っては一円玉7枚の重さしかありません。
いくら軽いにしても、シジュウカラはエナガの倍以上の重さがありますから、エナガを支えることができたススキの茎が、シジュウカラに乗られると棒高跳びの競技棒のように撓んでしまうのは無理のないことです。シジュウカラが慌て気味なのも頷けます。
最後に不思議 ススキの茎にあれほどの虫が居る?
うららかな河原の一時を楽しませてもらいましたが、不思議に思えることがありました。
エナガ・メジロ・シジュウカラたちはどれも、春先に樹の幹からにじみ出る樹液をつついていることがあります。巡ってくる芽吹きに備えて、木々は瑞々しくなるのでしょう。
冬の河原で枯れているススキが甘い液を分泌することは考えられません。小鳥たちを引き付けるのは、ススキに寄生している小虫あるいはその卵であろうと思うのです・・・???
〽おれは河原の枯れすすき
おなじお前も枯れすすき
どうせ二人はこの世では
花の咲かない枯れすすき
この唄は間違っているかもしれません。枯れすすきは意外な花を咲かせており、冬の小鳥たちを支えるほどに豊潤であるのかも知れません。
はたして、最後の動画の終わりのあたり、画面の左の方を注視していると、細かな羽虫の蚊柱のような渦が、日の光を受けてキラキラと巻いているのが確かめられるではありませんか。
秋口にススキに産み付けられた無数の卵が、なんと、初冬の小春日和に孵化を始めているのでしょう。
河原一面のススキの群生。
無事に秋を越えて、この日動き始めた名も知らぬ小虫の卵たち。
どういう術からかそれを知って、林や藪ならぬ河原のススキに集まって来た小鳥たち。
河原に立って眺めている私と子犬。
それらすべてを舞台に乗せている小春日和・・・。
‥‥それぞれに在るそれぞれが、無造作に組み合うほんの日常。そんな光景に奇妙に感動する私に、ようやく私はなりつつあるようです。ありがたいことです。
長い間たずさわってきた少年矯正の仕事を退官し、また、かなりの時が経ちました。夕焼けを眺めるたびに、あと何度見られるだろうと思うこの頃。
身近な生き物たちとヒトへの想いと観察を綴りたいと思います。