良太のお父さんは、おおきな街の清掃課というところに勤めている。ゴミを処分するセンターの工場がうまく運転されるように、手入れをしたり直したりする仕事をしているのだそうだ。
毎日、スチームで沸かした風呂に入ってから、背広に着替えて帰ってくる。けれど、身体に浸み込んでいる生臭さが抜けきれていないように、良太には感じられた。ごつごつした手でビールを飲んで、ほとんど話をしない。しらけてしまう。
中学一年生のとき、街のゴミの処理場に見学に行くことになった。
「えらいことになった」
良太は思った。仲間のうちには良太のお父さんの顔を知っているのがいる。なかでも茂夫はしつこいから、まず二週間はひやかされ続けるだろう。見学の当日、良太は列のいちばんうしろに回って、うつむきながら歩いた。
処理場は大きく、わんわんとうなりをあげて活動していた。ゴミの収集車が列を作って、はらわたを吐き出す順番を待っている。汁をしたたらせているのもいる。燃えるゴミと燃えないゴミ、リサイクルできるゴミ、などとおおよそ選別されているのだが、やはり、すっきりすがすがしい所とはいえない。パイプやらラセン階段やらで複雑に締め上げられた生き物のように、工場全体がのたうちまわっているように見えた。
「ああ、あそこ!」
だれかが指さした。高いところにうねっているパイプの一ヶ所から、真っ白い煙がいきおいよく吹き上げていた。事務所の方から男の人が駆けてきて、良太たちを案内している人に一言二言を話しかけ、白い煙を見上げ、また駆け戻って行った。煙はどんどん大きくなっている。
案内の人は良太たちを誘導した。ゴミを燃やしてできる熱を蒸気に変えて再利用するシステムの一部から、圧力の高い蒸気が漏れはじめているので速く離れる必要があるということだった。
赤いライトを回転させながら、長いクレーンの先に大きな鳥かごを付けたような作業車が走ってきて、ブレーキがきしんでいるうちにドアが開かれた。銀色の断熱服と深いヘルメットに身をかため、レンチやらドライバーやらの工具をどっしりとはめこんだベルトを腰に巻いた二人の男が、ゴンドラに乗り移った。たちまちクレーンが伸び上がりはじめた。
良太はドキドキしはじめた。銀色の服を着た二人のうちの一人は、お父さんであるのがすぐに分かったからである。お父さんはゴンドラの縁を両手でつかみ、まっすぐに立って、蒸気が渦を巻いている高みを見上げていた。やがて蒸気に取りまかれはじめた。
「お父さん!」
良太は叫んだ。お父さんは気づかない。厚い銀色の手袋をたしかめ、腰からおおきな工具のひとつを引き抜くと、蒸気を噴き上げているパイプに立ち向かっていった。
その日の夕食のとき、お父さんの頬の片側がうすくただれており、右手の甲に小さな水ぶくれがあるのを良太は見つけた。お父さんは何も言わず、いつものようにビールを飲んで笑っている。
良太はそれから、お父さんとだんだん話ができるようになった。
長い間たずさわってきた少年矯正の仕事を退官し、また、かなりの時が経ちました。夕焼けを眺めるたびに、あと何度見られるだろうと思うこの頃。
身近な生き物たちとヒトへの想いと観察を綴りたいと思います。