職人

 ガラス屋に電話を入れた。おばあちゃんが、あやまって、テレビ台のガラスの片方を割ってしまったからである。
さいわい厚さのちょうど良い、いくらか大き目のガラス板を地下に入れてあった。まえに食器戸棚かなにかに使われていたものらしい。

 「日の出ガラス店ですか。そちらでガラスを切ってくれますか。テレビ台のガラスです」
 「すぐ持って来れるなら切ります。けど、失敗ということもありますよ」
 「ああ、それは気にしません。ありあわせのものなんです」
 自転車にくくりつけて、汗かいて行った。小柄の主人らしい人が居て、ただちに寸法に合わせて二枚のガラスを裁断してくれた。表面をなぞってゆくダイヤモンドの音が小気味よく、なにか確実さというものを感じさせた。それから切り口をサンダーで処理してくれた。二百円だと言う。
「はじめにね、失敗は困りますと言った人からは三千円をもらうんですよ。なんなく切れてもね。まあ、保険ですよ。あなたは二百円」
道具を布でくるみながら続けた。

「このガラスは湿ったところに長いあいだ立てかけてあったでしょう。そういうガラスは切りにくいものですよ」
 
 職人というものは居るんだなあと思った。

投稿者: ロウボウ

長い間たずさわってきた少年矯正の仕事を退官し、また、かなりの時が経ちました。夕焼けを眺めるたびに、あと何度見られるだろうと思うこの頃。 身近な生き物たちとヒトへの想いと観察を綴りたいと思います。

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