この記事は「日本と北欧と世界 日本だってやれるぞ!」を下のように分割したものの、そのⅦです。
そのⅠ ある中年カップルとの会話
そのⅡ 自然災害と天然資源
そのⅢ 来た道 似たところと違うところ
そのⅣ 自然との向き合い方について
そのⅤ デザインについて
そのⅥ 世界の目と自身の目
そのⅦ 日本の今の豊かさ 「貿易立国」から「投資立国」へ
そのⅧ なぜ日本は「最高の国ベスト3」に入るのか
そのⅨ 北欧よりも日本にあるもの
そのⅩ 私の精一杯の提言
そのⅦ 日本の今の豊かさ 「貿易立国」から「投資立国」へ
幾度か見てきたように、日本はおかしなほどに天然資源に恵まれていません。それでも、列島の7割近くが森に覆われているという事情から森林資源に、年間2000㎜ほどの雨が降るという事情から水資源に、周囲を海に囲まれているという事情から海からの資源に・・・それぞれ見るべきところがあるのですが、それらを活かしているとは言えません。
木材の自給率は30%ほどにとどまり、消費電力のわずか8%を水力で発電し、魚介類の自給率も60%ほどに低迷しています。
他の数字を並べると、食料自給率は40%ほど、エネルギー自給率は10%ばかりで、金属鉱物に至っては自給率ほとんど0%。金属類といえば、胴、亜鉛、鉛、アルミニュウム、ニッケル、クロム、コバルト、金、銀、タングステン、リチウムなどです。つまり、今の状況では自分で開発するよりも外国から買い入れた方が安上がりだというわけで、この国はほとんど何もかもを他所に依存しています。
さらにマイナス要因として、日本は全世界の陸地面積の0.3%のみを占めているにもかかわらず、地震や水害が多発して、全世界に生じる大きな自然災害の20%を引き受けてしまっているという不運があります。日本の国土は常にぶよぶよと動いているのです。
にもかかわらず、不思議なことです。
本来なら、極東の片隅で縮み込んでいるのが自然なところ、GDP世界第三位、CO₂排出ランキング5位、という活動を続けていられるのはどうしてでしょう。
さらにこの国は、食料消費全体の30%に相当する2800万トンを捨てているという食品廃棄大国(率から云えばおそらく世界1)でもあります。よく分かりませんが、妙なところに贅沢ですらあるのです。
ほとんどの人が「それは貿易です。原料やエネルギーを輸入して付加価値の大きいものを作り、それを世界に販売します。その黒字でやりくりしているのです」と答えるだろうと思います。私も中学生のころに「貿易立国」「貿易大国」という言葉を教わり、つい先ごろまで、そのように思い込んでいました。
これがどうも、違う流れになっているようなのです。
貿易立国から投資立国へ
日本の輸出総額は、中国、アメリカ、ドイツ、に次いで世界第4位なので、この順位だけを見ると「輸出大国」のように見えます。
けれど昨今、その輸出総額はGDPの大きさの16%ほどであり、主要国と比べると比率が小さいのです。香港187%とシンガポール172%というのは金融サービス輸出が突出しているためのもので特殊ですが、オランダ82%、スイス66%、台湾60%、ドイツ46%、韓国42%、カナダ31%、イタリア30%、フランス29%、イギリス28%・・・と続き、世界の平均は41%とされていることから、日本の輸出は、自分の国のGDPとの比較によれば、旺盛とは言えません。
さらに、国民一人当たりの輸出額を見ても、上にあげたどの国よりも少なく算出されます。
「貿易収支(輸出から輸入を差し引いた収支)」は、近年マイナスになることがあり、黒字でも赤字でもその額は大きくはなく、GDPの1%前後に相当しているにすぎません。つまり、日本は貿易で社会の基盤を支えているものの、それで儲けているとは云えません。
店にあふれる商品、捨て去るほどの食品、行き交う車や電車、飛び交う航空機など、現在の日本の豊かさを支えている主役は何なのでしょう。
日本の活動のうちで、どの分野が外国との関係でプラスをもたらしているかを知るために、日本の家計簿ともいうべき「経常収支」の内訳を覗いてみます。
先ほど触れたように、「貿易黒字」はこのところ当てに出来なくなっているのに対し、「投資黒字」ともいうべきもの、つまり、海外への投資による利子や配当などからなる収益(第一次所得収支)は30年ほど前から徐々に増加傾向を示し、2019年度にはおよそ20兆円に達しています。
貿易より投資が遥かに大きい富をもたらしているわけで、この国は「貿易立国」から「投資立国」へとシフトしてしまっているのです。
日本に特有な総合商社を例に
それでは一体、誰が、何を、何処へ投資しているのでしょう。
これについては、「総合商社」といわれるものの変遷を見るのが分かりやすいと思われます。かつての高度経済成長期には、さまざまな資源をさまざまな国から調達してきて、それらに付加価値を付けた工業製品に加工し、世界各国に販売して外貨を稼ぐという活動の中で、対外的な折衝役(トレーダー)として商社は大いに活躍しました。
やがて、各メーカーが独自で海外販路を切り開いて商社に取られるマージンを減らそうとするようになってゆき、「商社の冬の時代」が訪れます。
「冬の時代」を生き残るにはどうしたら良いか、これまで蓄積してきた海外ネットワークを活かすにはどうしたら良いか、さまざまなに試行錯誤が行き着いたところが「1輪の車輪を2輪にして走る」ということでした。「トレードと事業投資の2つの車輪」で、商社は生き延びることができたどころか、ぐんと逞しくなりました。一昔前は、総合商社のトレードの多様ぶりは「ラーメンから航空機まで」と例えられたものでした。昨今の活動ぶりは「川上から川下まで」と例えられます。
つまりあらゆる分野での、資源の開発〜運搬〜生産〜流通〜消費という流れに深々と介入し、次々と支流が流れ込んで来るその流域のどの部分であっても、世界中のどこであっても、勝機が見出されれば、それに投資運用しようとするものです。
IT産業の著しい発展に伴って「ヒト、モノ、カネ、情報」が国境を越えて素早く行き交う「グローバリゼーション」が進み、それが貿易の内容にも変化をもたらします。品物の輸出入(財貿易)が主であった以前に比べて、サービス貿易(輸送・旅行・通信・建設・保険・金融・情報などの取引)が増え、それにつれて、海外の企業の経営にたずさわるために株を取得したり、企業全体を買収したり、場合によっては海外で会社を設立して工場を立てたりするなどの多国間を視野に入れた活動が大きくなってゆきます。
情報収集力とあいまって、その効率の良さと柔軟性が総合商社に快進撃をもたらし、日本の上位7社(三菱商事・伊藤忠商事・三井物産・丸紅・住友商事・豊田通商・双日)の年間売上額の合計は、2019年度、42兆円(日本の国家予算の40%ほどに相当)に達するまでになっており、世界の商社ランキングではトップを独占してズラリと名を連ねています。
いわゆる「川上」では例えば、英国やノルウェーの北海油田、サハリンの天然ガス、北米の石油とガス、南米やアジアの鉱石やレアメタル、中近東の石油、などの開発プロジェクトに参入しており、「中流」では例えば米マクドネルダグラス社、独ダイムラーベンツ・グループなどと提携を図り、「下流」では例えばコンビニのチェーンの幾つかを傘下に組み入れており、「おや、ここまで」と思えるような例、例えばノルウェーのサケ養殖会社を買い取っているなどの事案があります。
総合商社ばかりでなく、日本から世界中に向けてなされている投資は、一般的に言えば、北米やEU諸国などの先進国に向けてのものは安定的でリスクは低いもののリターンが少なく、アジアや中南米などの新興国向けのものは積極的にリターンを追求できるもののリスクが大きい、といったメリット・デメリットがあるとされています。
実際のところは、日本からの投資は北米やEU諸国などの先進国の向けたものが70%近くを占めており、それも非製造業分野の企業買収や資本参加などのM&A型が主体です。
アジア諸国の企業を対象にした投資は、件数は先進国向けのものを上回るほど多いものの規模が小さい傾向があり、中堅・中小企業などを主にした海外進出の表れであるとされ、さらに拡大することが期待されています。
このようにして、日本の「対外直接投資」は2019年度の1年で24兆円がなされて、国際ランキングで突出して1位です。
2位米国14兆円、3位オランダ13兆円、4位中国12兆円、以下、5位ドイツ、6位カナダ、7位香港・・・と続いています。
「直接投資」というのは、株価の上下で儲けようとするのではなく、「経営権」を拡大するために持ち株を増やしたり企業そのものを買収することを言いますが、その海外直接投資の積み上げともいうべき残高は185兆円に達して、この10年間で3倍に増えています。直接投資とは別である「海外証券投資残高」も470兆円超えというふうに増加が続いています。
銀行や証券会社の活動もうかがえます。
例えば、メガバンクの一つである三菱UFJ銀行は、海外に70の拠点を持ち、従業員の3割が海外に駐在しており、全貸出残高の40%は海外が対象のもので44兆円に達しているということです。
続く三井住友銀行とみずほフィナンシャルグループも同じような状況にあり、それぞれ、海外貸出残高は全貸出残高の30〜40%に当たる22兆円前後で、最近10年間で3〜4倍に増加しているということです。
上に挙げた3行だけでも、海外での貸し出しは90兆円に近いだろうと思われます。国内では様々な困難を抱えるようになっている銀行は、海外で収益を上げるべく、いよいよグローバル化を目指してゆくことが予想されます。
日本人の貯蓄志向が支え?
総合商社にしても、銀行にしても、一般企業にしても、どうしてこのような巨額な海外投資ができるのでしょうか。
なんといっても、日本人の貯蓄志向の高さが底流にあるからこそと思われます。
2019年の日銀統計によると、家計が保有する金融資産は1800兆円。これはGDPのおよそ3倍。
GDPの3倍もの「個人金融資産」を抱えているのは、世界でも日本だけ。加えて、企業が持っている現金・預金は300兆円。
これらが溜め池のようになって、海外投資の基盤になっているはずなのです。
ところが、これからが私には分からなくなります。
レポートや啓蒙のための文書には、決まって次のように書かれているのです。「・・・家計の持つ金融資産1800兆円は良いけれども、そのうちのおよそ半分が1%以下の低金利の定期預金や郵便貯金に預けられている。投資に廻すことを避けるのは日本人に特有な不安心理によるもので、これでは資産は増えず、有効活用されることもない。貯蓄から投資へという流れを起こすことが、日本経済の活性化にとって極めて大切な課題である・・・」。
私は思うのです。・・・「銀行や郵便局に預けておけば、プロが投資に使うんでしょ?タンス貯金ではあるまいし、これは太郎さんの分これは花子さんの分と、お金を引き出しに入れて封印しておくわけではないでしょう?低金利は残念だけど、それは前もって承知。私に代わって運用して稼いで、それを社会に還元する。めぐりめぐって私も潤う。私の貯金は有効に活用されてるんじゃないの?」・・・
なるほど、欧米ことに米国では、個人金融資産の30%ほどを保険・年金準備金として固定しているのは日本と同じような割合ですが、残りの多くを株や債券や投資信託に投資しているといいます。
米国であれば、私も同じようなことをすると思います。アラスカ州まである広大な国土、石油あり天然ガスあり他の資源あり、でエネルギー自給率ほぼ100%、それらを基盤にした世界一の経済規模、世界一の軍事力と文化的影響力・・・その基盤全体の揺るぎなさを信頼できそうです。
日本ではそうはゆきません。揺るぎのありすぎるこの国での投資には、超高度な技術が必要です。それを、世界の動きを視野に入れたプロ集団がやってくれています。
プロ集団としては、先に挙げた総合商社などはその一部で、どうしたわけか私たちにあまり説明されていませんが、もっと大きい「日本銀行」や「日本年金機構」といった公の諸金融機関が活動しているはずです。
「投資立国」を担っている人たちの「仕事」を私は信頼しています。右から左へ消費してしまわずに、私は郵便局にも銀行にもささやかながら貯金をしています。この国の将来への期待と投資だと思っているのです。
・・・後世に負わす重き荷思いつつ
年金貰いクーラーの部屋・・・
酷い残暑のころの新聞歌壇で目に付いた短歌です。東京圏に住む老婦人(?)のものでした。気の毒に、年金を貰うのも若者たちには負荷になるのだと思い遣っています。自身、長い間を懸命に働いてこられたのでしょう。
この方には次のように伝えてあげたいです。「後輩たちの負担になっているのではありません。あなたが働いてきたものが将来への資本になって世界を巡って、やがて帰ってくるのです。余生を快適に過ごしてください」。
貿易立国と投資立国とのバランス
この国が、貿易立国から投資立国へ移行しつつあるというのは、アジアの先発国としての宿命のようなものがありましょう。
輸入した原材料に付加価値を付けて輸出するという貿易立国として、日本は長く順調に発展してきましたが、1980年代に国際情勢の変化で持続的に円高が進んだために、輸出の国際競争力を低下させてしまうという困難に突き当たってしまいました。
この頃から海外投資が活発に為されることになります。企業は、安い労働力を求めて中国を始めアジア諸国に生産拠点を移すことで競争力の回復を図りました。
企業は助かりましたが、日本の社会は打撃を受けました。このような投資の仕方を「逆輸入型投資」と呼ぶことがあるようです。国内の工場が閉鎖され、雇用が減り、投資先で安価に生産された日用品や家庭電器製品などが「逆輸入」されて国内生産をさらに圧迫し、本国の「空洞化」ということが大きな問題になってしまいました。
その問題に対する回答のように、逆輸入型投資はゆっくりと「市場獲得型投資」に変わってゆきます。投資先の社会に最も有用で適合するものを現地生産することで現地経済を拡大活性化させることができれば、そこが新しい市場となって日本の貿易の拡大につながるという考え方でした。
生産技術を取得した後発国はどんどんと先発国を追い上げてきますから、先頭を走る先発国としては、より付加価値の高い分野に産業のウエイトを移してゆく必要があり、そのためには、さらに高い技術の開発やイノベーションを積み上げ続けなければなりません。そうした間も、それまで自国で生産していた産業分野が次々と後発国にとって代わられているのですから。
革新的な技術は大きな対外価値を持つのですが、先頭をキープして走るのは苦しく、スピードスケート競技の「責任先頭」と似たところがあるように思われます。
他国に作れないような品物を作って、それに技術を付けて輸出する。他国がそれを作れるようになった時には、その先を行く製品の開発を終えている。このような形の貿易は、日本という「ブランド」と「信用」を支え、海外への投資を円滑に回すために必須なものです。
アジア全体の産業構造はダイナミックに高度化しつつあり、輝きながらその先頭を走り続けるのは困難であるものの、例えばロボット関連技術、医療関連技術、宇宙関連技術などに頼めるところが多く、さらには、日本の得意分野に「サプライ管理技術」があるとされています。
サプライ管理とは、物とその動きのタイミングを最も無駄なく組み上げるソフトウェアで、資材の調達、生産、流通、販売という上流から下流までを地球規模で扱おうとするものです。「グローバルサプライチェーン」のマネジメントは、まさに日本の総合商社が世界に先駆けて展開しているところです。
「火の鳥」がイメージされます。
何を出し何を入れるかを絶えずまさぐりながら、甦っては飛び続けようとする姿。歴史が示すように、これからの日本も不死身の鳥であることを祈るばかりです。
長い間たずさわってきた少年矯正の仕事を退官し、また、かなりの時が経ちました。夕焼けを眺めるたびに、あと何度見られるだろうと思うこの頃。
身近な生き物たちとヒトへの想いと観察を綴りたいと思います。