日本と北欧と世界 日本だってやれるぞ!  そのⅢ 来た道 似たところと違うところ

この記事は「日本と北欧と世界 日本だってやれるぞ!」を下のように分割したものの、そのⅢです。

目次
そのⅠ ある中年カップルとの会話
そのⅡ 自然災害と天然資源について
そのⅢ 来た道 似たところと違うところ
そのⅣ 自然との向き合い方について
そのⅤ デザインについて
そのⅥ 幸福度ランキング そして自殺
そのⅦ 日本の今の豊かさ 「貿易立国」から「投資立国」
そのⅧ 世界が見る日本 なぜ最高の国ベスト3に入るのか
そのⅨ 日本の評価 世界の目と自身の目
そのⅩ まとめ
そのⅪ 私の精一杯の提言

来た道 似たところ違うところ

北欧と日本には、歴史に似かよったところがあります

片や北極圏に近い半島というヨーロッパのはずれで、片やしばしば地面すら揺らぐという極東の島で、厳しい自然を受け入れながら、人々は限られた範囲の中でさまざまな興亡を繰り返してきました。
考えてみれば、こうしたつつましさは、他の多くの民族にも言えることですよね。

けれど、ノルマン人と日本人は、そうしたことに飽き足らないとする民族性のためか、規模の大小は違うものの、中世の同じころに外に向かったことがあります。キリスト教の浸透に対する反発がきっかけとされるヴァイキングと、元寇に刺激されたとされる倭寇や朝鮮出兵です。

やがて、ヨーロッパはキリスト教で均一にならされ、ヴァイキング船よりも安定性の増したコグ船が現われて活発化した貿易を担うようになります。ヴァイキングは消退して北欧は内向きの昔に戻り、ルネサンスや大航海時代や産業革命という大きなうねりを直接には受けず、ヨーロッパ列強の植民地獲得競争の脇に置かれ続けました。
極東の日本も、徳川幕府の思い切った政策である長い鎖国を経験することになります。

北欧と日本に似かよっている長い内向きと停滞が、例えば日常品のデザインが共通するところとなって表れているのかも知れません。デザインについては、のちに改めて考えられたらと思います。

停滞からの目覚め方とその後の行動が違います

北欧は停滞からゆっくりと目覚めました。
科学技術や産業資本主義が緩やかに浸透してくるにつれ、厳しい冬をしのぐための生活技術が向上を続けたことから余裕が生まれ、やがては、長いあいだ畏怖の対象であった自然の活用と開発に力を注げるようになりました。
運が良いことに、北欧の資源豊かな自然はそうした努力にたっぷりと応えてくれ、人と自然との信頼関係の上に、世界トップの繁栄と幸せを謳歌できるまでになって現在に至っています。

一方、日本はゆっくりと目覚めたどころではなく、黒船という刺激で叩き起こされました。
ぼんやりしていると潰されると見て取り、「とにかく文明開化だ」といきなり走り出しましたが、ふと振り返ると、それに必要な資源がありません。民生そっちのけの飲まず食わずで軍備軍制を整えることに躍起になり、日清・日露の戦役を短期決戦でやってのけました。
これらの綱渡りのような成功体験が奇妙に作用したのかもしれません。「与えられていないけれども、与えられているように振る舞って走り続ける」というのが、それからの日本の行動パターンになりました。当初は防衛が目的であったろうものが、強引な拡大主義に変わってゆきます。世界が急速に小さくなりつつあった折から、拡大は多くの国から侵略と見なされる規模にまでなり、ついには世界規模の大戦争に突入することになってしまったのは周知のとおりです。
エネルギー戦ともいうべき国家総力戦ともなれば、ほとんどを持っていない日本は行き詰まるに決まっています。私たち日本人には、粗雑というか豪胆というか、奇妙な特性が何処かに備わっているのかも知れません。

戦後日本の特異な走り方

ここからがいじらしくて、私も日本人の一人でありますから胸を打たれるところです。
無条件降伏で敗戦を迎えた時、75年ほど前のことになりましたが、ほっとして見れば山は伐りつくされ、野は荒れ、町は焼き払われており、全土を覆った食糧難を生き抜くには再び走りだすより仕方がありませんでした。
世界中から資源を買い入れて付加価値を付けて売るという「貿易立国」を志し、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」とされるまで頑張り続けました。
ナンバーワンにふさわしく、山を穿ち、海を掘り、新幹線を巡らし、海底トンネルで繋ぎ、河川を護岸し、それらを細心に運用しています。

それらはどれも、一定の想定の下で設計し施工されたものです。日本のこれまでの災害史から、何時か想定外の自然災害に直撃されるのではないか、という不安に付きまとわれるのは当たり前のことです。自然には未知の恐ろしさがあり、ついぞ頭が上がりません。日本人が自己評価するとなると異様なほどに厳しくなるのは、このあたりに根ざしているのだろうと思うことがあります。
加えてこのところ、「ものづくり」と「貿易」の面で新興国から激しい追い上げを受けて、この国は何度目かの分岐点に向かいつつあるのだとして良いだろうと思います。

私が言いたいのは、その底に資源と災害の問題が沈殿しているので、この国では歴史を通して人と自然とが完全に融和していたことは無く、常に緊張をはらんだ状態にあったということです。だからこそ、日常の折々をとらえて、この国の人は繊細に自然との融合を求めようとするのだと。

ロウボウ

投稿者: ロウボウ

長い間たずさわってきた少年矯正の仕事を退官し、また、かなりの時が経ちました。夕焼けを眺めるたびに、あと何度見られるだろうと思うこの頃。 身近な生き物たちとヒトへの想いと観察を綴りたいと思います。

「日本と北欧と世界 日本だってやれるぞ!  そのⅢ 来た道 似たところと違うところ」への3件のフィードバック

  1. はじめまして。北欧シリーズ興味深く拝見しています。
    北欧を通して日本を見るという試みは面白いですね。

    私は、わけあって引きこもっていた時期、父親に連れられてフィンランドに滞在したことがあります。
    その時は趣味である釣りをしながら10日ほど過ごしました。
    自転車で買い出しにいって手に入れた食料と、湖でとれた魚を食べる日々。
    ひきこもり当時の東京での暮らしとは対照的であり、
    人は自然から切り離されて生きていくことはできないと強く感じた日々でした。

    北欧には北欧の、日本には日本の良さがあると思います。
    日本で思い詰めるくらいなら、いっそ海外に行って日本の事を逆説的に知る。
    それくらいすれば吹っ切れることができる。
    そんなことを学習することができました。

    長々とすみませんが、読みながらこんなことを思い出していました。

    シリーズの今後も楽しみにしています。

    1. 素晴らしいコメントをいただきました。柔軟性のある方に読んでいただけて幸いです。
      片や資源豊富、片や災害大国。極東の片隅で縮み込んでいて自然なところを、GDP世界3位。
      どういうことなのでしょう。分かっているようであまり考えることがありませんでした。
      私なりに進めてみようと思います。
      ご多幸を祈り致します。

      1. 返信ありがとうございます。
        まだまだ未熟者で学ぶことばかりです。
        日本は今は世界的に落ち込んではいますが、私自身様々な課題を当事者問題として捉えて
        次の世代に今よりも良い環境を残していければと思います。
        重ねてになってしまいますが、シリーズ楽しみにしてます!

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