動物園は冬! できれば雪の朝

動物園は夏のものだと、私たちは思い込みがちです。
ライオン、ゾウ、キリン、シマウマ、カバ、スイギュウ、サイ、バク、ペリカン、フラミンゴ、チンパンジー・・・。南の国々からのお客さんたちが、本来の野生を取り戻して、活き活きとしたところを見せてくれるだろうと期待しがちです。

ところが、この国の夏の暑さは熱帯なみであるのは良いにしても、たいそう高い湿気を伴うという特色があります。
思惑に反して、動物たちはぐったりと身を横たえてうつろな目をしていることが多いようです。瞳を見ることができればよい方で、めまいや吐き気に耐えるように、目蓋さえ閉ざしていることがあります。
熱帯から連れてこられた動物たちがこのありさまですから、高緯度からの野生動物たちの様子にいたっては目も当てられません。息もたえだえ、拷問にかけられて半死半生におちいっているという具合ではないですか。

加えて、夏を中心に入園者が多く、呼びものの動物の前は七重八重の人垣で埋まっており、「立ち止まらないでください。順に進んでください!」などと急かされるありさま。
そうして、園全体が臭います。夏場は動物たちの排泄物が崩れるのが速いのですから。風の方向によっては、口を押さえたくなることがあります。この時期の飼育係のご苦労にはほんとに頭が下がります。
最後に、野鳥を観る楽しみがぐんと殺がれます。動物園は留鳥にとっても渡り鳥にとっても居心地の良いところのようですが、夏場は大型の渡り鳥はほとんど居らず、木々が繁っているので、周辺から集まってくる小鳥たちの姿も見えにくいのです。

冬は、これらがほとんど反対になります。大気は硬く透明で、とりわけ雪の次の日は空のブルーが濃く、人影もまばらです。
ゾウ、キリン、ライオン、シマウマ、オリックス、ダチョウ、ペリカン、フラミンゴといった、中部アフリカなどからの動物たちの多くも、どうかといえば、真夏よりも引き締まって見えます。彼らの出身地は赤道付近とはいえ、乾燥した高原や湖であるためでありましょう。陽だまりに悠然と座っていたり、三々五々に群れて餌を食んだりしていて、ながながと寝そべっているものは少ないようです。チンパンジーにいたっては、コモをマントの代わりにして楽しんでいるように見えます。

からの動物たちについては言うまでもありません。
ヒグマ、トラ、オオカミ、ユキヒョウ、レッサーパンダ、ハクビシン、イヌワシ、オジロワシ、オオワシ、シロフクロウ・・・。

ハイイログマの目は深く狡猾に輝き、オオカミの兄弟たちは舞うように断崖を飛越し、ユキヒョウの白黒のダンダラ模様は雪のマダラに溶け込んで移動し、トラの巨体が忍びやかに笹の株をすり抜けます。オジロワシは岩頭から滝壺すれすれにまでダイブして反転します。

そして元気に動けば動くほど、不思議に彼らからは、深い悲しみと諦念が匂い立っています。例外なく、それが彼らをいっそう気高いものにしています。
アムールトラの咆哮は殷殷と轟き、園内を巡って造られた順路にそって、尾根と谷と雑木林を貫いてどこまでも追いかけてきます。

出口にほど近い淀みでは、カモ、ガン、オシドリなどの大型の水鳥たちのせわしない動きが、ようやくトラの咆哮の余韻から気分を解き放ってくれるようです。運が良ければ、水鳥の池につづく滝からの流れに棲む、渓流の翡翠、野生のカワセミの姿にお目にかかれることがあります。これでウォーミング・ダウンは完了することになります。

 動物園は冬。郊外の施設。それも、雪の夜が明けた朝。

投稿者: ロウボウ

長い間たずさわってきた少年矯正の仕事を退官し、また、かなりの時が経ちました。夕焼けを眺めるたびに、あと何度見られるだろうと思うこの頃。 身近な生き物たちとヒトへの想いと観察を綴りたいと思います。

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