「カッコウ」をめぐる「オナガ」「モズ」「ホオジロ」の物語

生命の種のありようの変化、つまり「進化」というものは意外に速く進行することがあり、ともすると私たちの身近に目のあたりにするチャンスすらありそうなのです。

1 話は「遺伝か環境か」というところから始まる
2 「カッコウ」の登場
3 「オナガ」の登場
4 「オナガ」の防衛
5 「オナガ」復帰の兆し
6 まとめ

1 話は「遺伝か環境か」というところから始まる

両親から受け継いだ遺伝子の配列そのものは生涯を通して不変であると考えられます。ところが、例えば一卵性双生児は互いに全く同じ遺伝子情報を持っているのですから、一方が統合失調症を発症したら相方も100%発病するかというと、これがそうではないのです。50%ほどは発病しないという事実がかなり前から知られています。
遺伝子が生物を規定する力は強大であるけれども、必ずしも運命を決定するものではなく、環境が作用するところも大きいことを示しています。

遺伝か環境か」という問いの溝を埋める「エピジェネティクス」と呼ばれるメカニズムが次第に明らかにされてきつつあります。遺伝子は身体の設計図とも言えようが、突然変異のように設計図そのものを変えるのではなく、言わば設計図の上にフィルターを掛けたり外したりすることで、遺伝情報の発現を柔軟精緻にオンにしたりオフにしたりするシステムがあるのです。
食事や運動の蓄積はもとより、経験や意欲の違いによってコントロールの調子が変化することが、分子レベルで確かめられつつあります。

2015年、ラクビーのW杯・イングランド大会。いきなりとも見えた日本代表選手の奮闘と躍進は、体格のハンディを「日本独自の戦い方」をチーム一丸で詰めることで克服したところから得られたといいます。選手達の遺伝情報が変わったのではないけれども、その発現の仕方が変わったのかもしれません。エピジェネティックスの機序につながるところがあるかも分かりません。
環境からの情報を取り込むことで生じたエピジェネティックな変化の一部は、次世代へ遺伝することすらあるという知見が積み上げられてきているのです。

2 「カッコウ」の登場

ホトトギス科の「カッコウ」は、幾種類もの野鳥たちに子育ての一切を任しています。私たちから見れば、そのやり方はあざといものです。例えば、産卵が終わったばかりのモズの巣をひそかに窺っていて、モズがちょっと留守をした隙に巣を襲い、まず中の卵の1個を外に放り出し、自分の卵を産み落として員数合わせをしてから逃げます。留守中のとんだ細工に気付かないと、モズはカッコウの卵も暖め続けることになります。モズは剣豪宮本武蔵にもしばしば描かれたりして精悍を売りにしているようですが、これがころりと騙されてしまうのです。
「カッコウ」はヒヨドリよりも大きい中型の鳥ですが、多摩丘陵には珍しく、残念ながら私は写真に撮ったことがありません。けれど、ここで登場してもらわなければなりません。続いては、モズです。

カッコウの卵はモズの卵たちよりも1〜2日早く孵化します。常温で暖められて何時間、というふうに早目にセットされているのでしょう。
孵ったばかりの赤いずるずる肌のヒナが、背中でモズの卵を押し上げては巣の外へ落とそうとしている映像を見たことがあります。もがきあえぎながら奮闘するありさまには、映像と知りながらも鬼気迫るものがありました。カッコウのヒナの奮闘は、仮親が運んでくる餌を独り占めにするために、モズの卵の全部を始末するまで続けられます。

そもそもカッコウが托卵ということをするのは、抱卵には必須である常温を保つ機能が完全でないからだと言われていますが、そんなにしてでも種を残そうという執念には、なかなかに考えさせられるところがあります。そして、カッコウの托卵に関して、興味あることが気付かれております。鳥類学者の中村浩志氏の研究を参考にさせていただきます。

文献によると、江戸時代にはカッコウの托卵先はホオジロが一番に選ばれていたということです。この2種類の鳥の付き合いは長いらしく、その証拠のように、カッコウの卵の模様はホオジロの卵の模様によく似ております。ホオジロにも顔を出してもらいましょう。

そこに様変わりが起こり、最近、カッコウがホオジロを敬遠するようになっていることが観察されているのです。ホオジロの目が肥えてきて、つまり卵識別能力が高くなって、巣の中に置いて行かれたカッコウの卵を早速に放り出してしまうようになったからだといいます。カッコウにとってはピンチでありました。

3 「オナガ」の登場

そこへ登場したのがカラス科の「オナガ」でありました。カラスより一回り小型であるものの、カラスの親戚であるせいかなかなか気が強い中型の鳥で、「ギャー ギヤー」と鳴きかわします。淡い青色をした長い尾羽をトレードマークにしていて群れを作ります。これが30年ほど前から平地から高原へと棲息の場を拡大させました。

一方、本来は高原の鳥であるカッコウが平地に広がるようになり、両者の分布が重なるようになりました。それでカッコウがオナガに托卵することを始め、托卵される経験のなかったオナガは好きなように利用され、5〜10年で巣の8割がカッコウに托卵されるようになったのです。生物は中途半端なことはしません。地域によってはオナガが10分の1にも減ってしまうという結果になりました。

4 「オナガ」の防衛

ところがそれからまた10年もすると、オナガが対抗手段を取得しつつあることが分かってきました。何が行われているかに気付き始めたのです。
第一に、複数の目で見張っていて、カッコウを警戒し、激しく攻撃するようになりました。群れの文化が変わったと言えましょう。第二に、オナガ個体の卵識別能力が向上し、100%ではないにしても、自分の卵に似ていない卵を放り出すようになりました。攻撃性と識別能力の高くなった個体のみが生存できるようになりつつあるのだとされております。

 ホオジロ、オナガ、そしてカッコウ。必要に駆動されれば、進化というものは短期間で進行するという実証でありましょう。

5 「オナガ」復帰の兆し

この秋、久しぶりに、梅の林の中で5・6羽のオナガの群れとすれ違いました。ずっと以前にさかんに見られたように傍若無人といった印象はなく、後ろ姿にやや勢いがなく、及び腰といった感じを受けましたけれど、再び姿を見せるようになったのです。

6 まとめ

カッコウのような、常温を保つ機能に不足のあるという不思議な野鳥。私たちには奇怪に映る彼らの生存のための戦略に、直接まきこまれる他の小鳥たち。これからの命運はいかに。ヒト(ホモサピエンス)も相当に奇怪なことをしておりますが、その命運はいかに・・・。

投稿者: ロウボウ

長い間たずさわってきた少年矯正の仕事を退官し、また、かなりの時が経ちました。夕焼けを眺めるたびに、あと何度見られるだろうと思うこの頃。 身近な生き物たちとヒトへの想いと観察を綴りたいと思います。

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