「ジョロウグモ」は、住宅街の中のちょっとした公園にもよく見られる馴染みの深いクモです。秋が深まるにつれてメスがぷっくりと大きくなり、黄と緑と鮮紅色の取り合わせが妖しい迫力を放つようになりますから、初めて見てギョッとし、名前を知ると生涯忘れない人が少なくないだろうと思います。
獲物よ かかれ
写真に見るように、ジョロウグモは立体的で複雑な網を張って獲物を待ち受けます。6種類の糸を使い分けるというから畏れ入ってしまいます。 A:網の枠、網の中央から放射状に張られる縦糸、命綱(自分がぶら下がる糸)
B:命綱を木などに留める粘着性の高い糸
C:待機しているために網の中央部に作られる足場
D:ネバネバした珠を数珠上に付けた横糸
E:産んだ卵を包む糸
F:獲物をぐるぐる巻きにする糸 これらの原料のタンパク質を作る7種類の糸腺(つぼ)を下腹部に持っており、肛門の前にある複数の糸いぼにつながっています。糸いぼから必要な分を外に出すときに、種類に応じて調整されます。ゼリー状のものが空気に触れると固化するのです。
糸の太さは0.0035㎜(ヒトの髪0.1㎜)と極細であるけれども、鋼鉄線の4倍もの強度があるとされています。これを700mも出せるそうです。
かかったぁ
11月の初旬。菜園のわきの小径を1羽の黄色っぽい蝶が私を避けるように横切って行ったかと思うと、ハタリと空中に張り付けになってしまいました。と、上からサーと襲いかかってきたのがジョロウグモ。
2・3回 ハタリハタリ グッタリ
噛みつきます。毒(Joro Spider Toxin)が注入されます。それから2・3回羽ばたきしただけでチョウはぐったりしてしまいます。早速ぐるぐる巻きにかかり、下腹の糸いぼから複数本の糸が繰り出されているのが分かります。 チョウの目がどうも切なげです。前翅の裏が見えますが、そこに銀色のLの字が銀色に浮き上がっています。翅の裏にLといえば、Lタテハかキタテハですが、これはキタテハです。成虫のままで越冬にかかろうとしていたところ、秋を生き抜いたところで不運に見舞われてしまいました。
元気なキタテハはこんなです
ぐるぐる巻きだぁ
ぐるぐる巻き専用の糸で念入りにラップアップします。力が強いらしく、キタテハの胴が大きくたわめられています。
さてゆっくり
巻きあげると、なんでもなげに巣の中央まで引き上げます。大した剛力です。そもそも自分で出した命綱を伝い降り、再利用のためにそれを吸い込みながらエレベーターのように元に戻るだけでも高い身体能力が分かります。ヒトが日常的にそんなことができますか。
居候のオス
メスが30㎜にも達するのに対して、オスは1/3〜1/4部ほど。網張も手伝わずに居候を決め込んでいるようです。1つの網に複数のオスが居ることも珍しくありません。
その代わりというか、うっかりメスに近づくと食べられてしまうようで、メスが脱皮をしているときや食事に夢中になっているときに近づき、交尾をするのだそうです。
スーパー繊維 クモも凄いがヒトも・・・
仮に、クモ糸を1㎝ほどの太さにして大きな網を張ったとすると、ジャンボジェット機が引っかかっても破れないものになるそうで、クモ糸の強度は鋼線の4倍、ナイロンを上回る伸縮性、300度まで耐えうる耐熱性・・・ということで、ひとにとっては夢のような繊維です。
ヒトの探求心と欲望はものすごいものですから、ついに夢の糸を量産する方法が実用化されつつあるそうです。一つはバイオプロセスによる方法で、クモがクモ糸のタンパク質を作るために組み上げているDNAをバクテリアに組み込んで大量に培養する方法。もう一つは化学合成的にクモ糸蛋白を合成するやり方で、いずれも日本の技術が先頭を走っているそうです。
見事に完成してもらいたいような・・・4億年という歴史を持つクモの技術に、ほんの新参者のヒトが敵うはずがなく、必ず不都合が出るだろうという思いと・・・。だいたい、たとえばウシやヤギは緑色の草を食べて、奇跡のような白い乳を大量に作り出します。ヒトにそんなことができるだろうか、とも思うのです。
ともあれ、ジョロウグモは「女郎蜘蛛」とも「上臈蜘蛛」とも。名前の由来に2説あるようです。女郎とすれば例えば江戸の吉原の「遊女」、上臈とすれば例えば江戸城の大奥の元締めの「女官」。どちらにしても背景にいわくありげで、おどろおどろしいものがあります。
長い間たずさわってきた少年矯正の仕事を退官し、また、かなりの時が経ちました。夕焼けを眺めるたびに、あと何度見られるだろうと思うこの頃。
身近な生き物たちとヒトへの想いと観察を綴りたいと思います。