やっぱり可愛らしい アオバハゴロモの子


この夏は雨ばかり

 夏から秋にかけて、今年は雨ばかり降っています。
 9月も半ばのある午後、珍しく晴れ間が見えたので、ワンコとともに通い慣れた近くの公園に出掛けました。案の定、ちょっとした平らみには雑草群が水気たっぷりに徒長していて、小型犬が跳ね回ることも出来ないような有り様になっておりました。
 それを見越して、あっぱれ、私は「電動の刈払い機」を携えて来ていました。数年前まで菜園をやっていた経験がささやかに役立ったわけです。

アオバハゴロモの子と再び

 ひとしきりワンコのために精を出したのは良いけれど、腰の調子が限界に達してしまってへたり込むことに・・・と、目の前の鉄パイプの上に・・・一年数か月前と全く同じところに、全く同じように・・・あたりに汁気たっぷりの草や木はいくられも有るのに、どうして鉄パイプ・・・?

 パイプがやたらに揺れているのは、久しぶりに使った刈払い機の振動が腕に残ってしまってカメラを固定できないでいるからです。

 ・・・チコチコとやっぱり可愛らしい!

 

小林一茶 光と影


思い出の学芸会

 〽信州信濃の雪解けてぇ…

 或る春の日曜日。目を覚ますと、妻が朝食の支度をしながら鼻歌を歌っているらしいのです。珍しいことでした。
 私は信州は木曽谷の生まれ、つまり木曽の山猿。一方、妻の故郷は伊豆。
 その妻が「シンシュウシナノ」とはどういうこと?・・・パジャマのままで台所に行って訊ねてみました。
「信州信濃がどうしたって?」
「あれ、聞こえてたんだぁ」
 妻ははにかみました。
小学校2年生の終わりの学芸会で「一茶と子供」という出し物があり、その主役「一茶」を務めたことがあるということでした・・・

 こんなふうに書き始めると、なんだか新婚間もない夫婦のほほえましくも平和な朝のひとときといった風に感じられるかも知れませんが、どっこい、私たちは共に80歳を超えている古手も古手の夫婦。
けれど、〽信州信濃の雪解けてぇ…という歌のことは本当です。

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フラップ・ダック鎮魂


ミモザ

 三年ほど前のこと・・・。幹が小指ほどの太さのミモザの苗を、娘が庭の東南の隅に植え足した。マンションに住んで、鉢植えのものばかりを並べているのに物足らなくて、土に根を張って立つ木を育ててみたくなったのであろう。
 ミモザは、春の先頭を切って黄色の小花をたわわに咲かせる楽しい木であるけれど、めきめきと大きくなり過ぎることから、よほど大きい庭でないと付き合うのは難しい。

 はたして、ミモザは急速に成長した。枝が道路側にはみ出るまでになってしまったのは剪定すればどうにかなるものの、結構に太くなった幹そのものが風に煽られると塀に当たるようになった。そもそも、それなりの間を考えて植え付けるべきだったのである。
 三年が経ったこの春、掘り上げて鉢植えにすべきだということになった。ミモザは植え替えが難しいと言われているけれど、細根を残すようにすれば大丈夫だろうというわけである。

出土

 晴れた休日に娘夫婦がやって来て作業を始め、注意深くスコップを使ったが、直根が深く伸びていてなかなか捗らない。探るように更に掘り進めた。
 と、スコップを使っていた娘の夫がふと手を止め、刃の先に引っ掛けるようにして、何かを深みから地面にさらけ出した。

 三人そろって息を呑んだ。春の日を受けて横たわっていたのは、泥にまみれてはいるが完全な形を保った腕時計だったからである。地面の下、それも深くに腕時計・・・。奇妙というかミステリアスな取り合わせである。
 が、その腕時計の特異なデザインを目にした時、私の記憶がよみがえった。土ごと掴み上げてその場を離れた。

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楽しかった乗物 三つ


 人生の第4コーナーを廻ってから、なんと、3週間ほどの入院を要する手術を2度受けた。麻酔から醒めると襲ってくる強烈な痛みの中で、1秒1分を少しでも楽に耐える方法は無いものかとあがいた。・・・来し方のうちから、楽しかったこと三つ、美しかった光景三つ、恐ろしかったこと三つなどと、あれこれを掘り出してゆくのが最も有効だった。幼い頃のことがほとんどだった。


楽しかった乗り物 三つ

① バンクーバーの水上飛行機
② ナイヤガラフォールのヘリコプター
③ チボリ公園の回転塔

1 バンクーバーの水上飛行機

  カナダのバンクーバーは「世界の住み易い街」の上位にランクされる常連であるだけに、海と山と街とが立体的に調和して組み上がっている都市である。
 そういう所を、高く低く、上から眺めるのは楽しくないはずはないと考えて、日本を立つ前に水上飛行機(sea plane)での遊覧飛行を予約しておいた。水上飛行機の発着場はバンクーバー港の西の外れにあることも調べていた。

 当日の午前中、無料の送迎バスというのに釣られるようにして、市街地を北方に外れた所にある「キャピラーノ吊り橋」という観光名所を訪れた。失敗だった。世界一長い吊り橋ということだが、園内を作り込みすぎている。混んでいる上に入場料もバカ高かった。帰りのバスに乗る際に「このバスでエアポートに行けますね」と尋ねると、係員が怪訝な顔をした。気がついて、エアポートをシープレーンポートと言い直すと、ニッコリしてOKということだった。
 水上飛行機は英語ではsea planeと呼ばれる。車輪の代わりにカヌー型をした大きいフロートを付けているので、曲芸飛行などは出来ないであろうが、見るからに安定していて愛嬌がある。

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沁みついている光景 三つ


 人生の第4コーナーを廻ってから、なんと、3週間ほどの入院を要する手術を2度受けた。麻酔から醒めると襲ってくる強烈な痛みの中で、1秒1分を少しでも楽に耐える方法は無いものかとあがいた。・・・来し方のうちから、楽しかったこと三つ、美しかった光景三つ、恐ろしかったこと三つなどと、あれこれを掘り出してゆくのが最も有効だった。幼い頃のことがほとんどだった。

沁みついている光景 三つ

1 幻の大湖の決壊
2 南の島の岩磯
3 スイス ベルン郊外の俯瞰

1 幻の大湖の決壊

 独峰木曾御嶽は木曽側から望むと殊に美しい。高さではかなわないけれど、アフリカ大陸の最高峰キリマンジャロを想わせる威容を漂わせている。独峰ということに限れば、富士山に次いで日本で2番目に高い。なにしおう活火山でもある。
 ある夏、私はいくつかの登山道のうちでも開田高原口を選んで、独りでこの山に登ろうとしていた。
 ようやく四合目も近いかというあたり。折り返しの一つを回り込むと、突如、雪崩を打って落ちかかって来る黒いきらめきの連なりに向き合い、決壊しつつあるダムの正面に立ってしまったかと狼狽えてしまった・・・。
 山襞一つを隔てて、裾野を埋めている無数の前山のうちの二つが程良く間を開けて向かい合っており、その間をびっしりと埋めている針葉樹の梢たちが、折からの逆光を背負いながら下へ下へ、巨大な漏斗に吸い込まれるように連なっていたのである。檜やサワラであったであろう。それぞれが急斜面にしっかりと根を張って立っているはずだったが、どの梢も黑く透き通って飛沫のように輝いて、音の無い瀑布さながらに動いて見えたのである。

 この光景をいつも何処かに温めながら、なんと60年近くが経ってしまった。

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恐ろしかった光景 三つ


 人生の第4コーナーを廻ってから、なんと、3週間ほどの入院を要する手術を2度受けた。麻酔から醒めると襲ってくる強烈な痛みの中で、1秒1分を少しでも楽に耐える方法は無いものかとあがいた。・・・来し方のうちから、楽しかったこと三つ、美しかった光景三つ、恐ろしかったこと三つなどと、あれこれを掘り出してゆくのが最も有効だった。幼い頃のことがほとんどだった。

恐ろしかった光景 三つ

1 決壊寸前のダム
2 街道に沿って渦巻く炎
3 東日本大震災の津波

1 決壊寸前のダム

 太平洋戦争の末期。戦局が押し詰まってくると、信州信濃の山奥の木曽谷でも空襲警報のサイレンが鳴った。敵はいよいよダムを爆撃して水力発電を壊滅させようと企んでいるのだという。狭い谷間でのサイレンの繰り返しは波うち、山と谷に幾重にも反響してそれは恐ろしい咆哮になって轟いた。小学校に上がる前の幼児だった私に込み入った話は分かるはずはなかったが、恐ろしいことが近づいているという緊張にはたっぷりと晒された。

 結局、ダムは爆撃されなかった。けれど、粗雑に造られつつあったらしい溜池のようなダム(緻密に建設されればロックフィル式ダムとして合理的な技術)が、決壊しそうになった光景を見たことがある。

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身は自然に任せたい


欅の大樹の下で

 私がささやかに楽しんでいる菜園の近くに、一本の欅の大樹が聳えています。根が四方に張って、幹はたっぷり二抱えを越え、枝には幾つものヤドリギを養っています。その実を目当てにして、かのヒレンジャクやキレンジャクが訪れることもあります。
 冬の日、根方に深く食い込んだ笹竹を掘り上げてやろうとしていると、なんと、幾片かの石器が混じった縄文土器が出てきました。樹木は、この惑星で一番に長寿の生き物でありましょう。人生の第四コーナーを回り切ろうとしている私には感ずるところがありました。

 かつて、縄文や弥生の時代をこの地で生きた先人がこのあたりに葬られたことがあったとすれば、その人の一部は根から取り入れられて目の前の大樹の何処かで今も活用されているかも知れないのです。「縄文杉」というのが有るからには「縄文欅」というのが在ってもおかしくはありますまい。

    大欅根に縄文の土器を抱く
    弥生二千年武蔵野を見て大欅

 私たちの身体を組み上げていた組織が元素のレベルまでばらばらになり、それがほんの一部であっても次の生命体に活用されてゆく。・・・素晴らしいと思います。
 38億年と言われる生命の歴史を連綿と引き継いだ先端を生きている私。これが途切れるのは怖いし、悔しいことだけれど、どうにも避けられないことです。受け入れるより仕方のないことです。まさに生命の火が消えようとする刹那には、それなりの苦悶に耐えなければならないだろうことも覚悟しています。みんながそうしているのですから・・・。
 さして遠くない日、火葬されて残ったものをそのあたりの無理のないところに撒き散らしてもらいたいと強く願っているこの頃です。

 この稿で言いたいことは、これで尽きています。後は蛇足になります。

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楽しかったこと 三つ


人生の第4コーナーを廻ってから、なんと、3週間ほどの入院を要する手術を2度受けた。麻酔から醒めると襲ってくる強烈な痛みの中で、1秒1分を少しでも楽に耐える方法は無いものかとあがいた。・・・来し方のうちから、楽しかったこと三つ、美しかった光景三つ、恐ろしかったこと三つなどと、あれこれを掘り出してゆくのが時を稼ぐのに
最も有効だった。幼い頃のことがほとんどだった。

楽しかったこと 三つ

1 幼かった日のキャンプ
2 忘れられたトライアングル
3 高山の秘密の花園

1 幼かった日のキャンプ

 木曽谷には珍しいことだが、木曽駒ヶ岳の裾野が小さな扇状地になって西側に開けている場所がある。そこからは独峰木曽御岳をどっしりと望むことができ、その山容はアフリカ大陸の最高峰キリマンジャロを想わせる。土地の人達はこの広がりを昔から「原野(はらの)」と呼んできた。
 天然芝の広がるそこかしこに、長い間の浸蝕で角を削がれた大小の花崗岩が散らばっていて、それが恐竜や怪物が見え隠れしているように見え、白樺、楢、赤松、山桜などの林が点在し、茨や山吹などの藪の間を浅い小川が軽やかに流れていた。
 キリマンジャロが見え、怪物が潜んでいるとすれば、ここはアフリカである。町から木曽川の上流4キロほどのアフリカ。子供たちはさんざんにピグミーごっこをして遊んだ。

 今、「原野」の大部分はゴルフ場に姿を変え、瀟洒なクラブハウスも建てられている。何年か前に原野を訪れてしばらく少年の頃のことを想っていると、現れた係員に違法駐車を咎められたうえに退去を要求された。何処でも先住民は追われる定めにあるらしい。 “楽しかったこと 三つ” の続きを読む

「方丈記」の不思議


小品でありながら

 「方丈記」は全編で400字詰原稿用紙25枚ばかりの小品でありながら、私にとっては生涯で読んだ本の中で一二を争うほどに印象深いものになっています。
 作者の「鴨長明」は琵琶や琴の名手でもあったせいか、諸行無常を結晶させたような文章が深いリズムを伴っており、読み進んでいるうちに私自身の声が自然に引き出されて音読に移っている・・・といった風です。

天災人災のルポ 

 方丈記は「災害の文学」と呼ばれることがあるそうです。
 鴨長明は何事も探求して極めようとする徹底性、冷徹な観察力、結構な行動力を備えた人でした。
 そんな人が21歳の若さで相続争いに敗れてから、30年間も、平安末期の末法感漂う洛中洛外を転々としたのですから、凄い物を見聞することになります。
 「安元の大火」「治承の竜巻」「治承の遷都」「養和の大飢饉」「養和の大地震」・・・群がり起こった天災人災の実見禄は、実際の体験から何十年も温められてから表わされたものであるだけに、簡潔でありながら叙事詩を読むような緊迫感があり、読んでいる方の緊張も次第に高まって、総毛立つような場面さえいくつかあります。

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この光景 Forever   春編


夏・秋・冬に続いて、「多摩モノレール」「昭和記念公園のサイクリングロード」「みんなの原っぱ」「子供の森」などの春の光景を挙げたいと思います。

モスグリーンに霞む春  「多摩モノレール」
樹々の芽が一斉に吹き出るころ・・・山桜がそこかしこで咲き始めるころ、森や山は暖かいモスグリーンに霞んで見えるものです。そうした中をオモチャのように見える電車がゆっくり走っています。

 この動画は日野市の遊歩道の一角からほぼ西を望んだもので、近くには「都立多摩動物公園」が、遠くには奥多摩山系の山々が写っています。山々は「高尾」「陣馬」「雲取」などのはずであり、さらにカメラを少し西に振れば「富士」が視界に入ってくるはずなのですが、いずれも春霞のためにもやっていて判然としません。ただ静かで平和です。
 「多摩モノレール」は東京都の多摩地域を南北に結ぶ交通機関として2000年に整備されたものですが、その利便性が高いことから、最近、北への延伸計画が実行の段階に移ったということです。

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