不思議な話・・・「アシナガバチ」

数年前のこと、久しぶりにアシナガバチに刺されました。
施設の倉庫の鉄の扉を吊っている枠に大きな巣をかまえていたのですが、めったに使われない鍵穴をガチャガチャさせ、扉をこちら側に引き開けたからたまりません。こそぎ落とされるようにして、拳ほどもある軽石のようなものが頭の上に降ってきたのです。金色の飛翔体がキラキラし、あという間に、顔を五箇所ばかり刺されてしまいました。


私は蜂に刺されてもわりあいに腫れないほうですが、痛みにはひたすら耐えなければなりません。しばらくすると、顔のこの辺が相当に腫れてるなと感じられてくるので触れてみると、そうでもありません。そのくせ、それほどに感じないところの皮膚が下まで硬くなっているのが分かったりします。
軽石で厚い面の皮をむいてから、ところどころに塩を置き、それから一時間も直射日光を受けていたら似たような感じを味わえるかもしれません。痛みはスズメバチに刺された時に勝るとされています。

こんなことでは済まない人も・・・

アナフラキシー・ショックを起こさないかぎり、命にかかわることはすくないでしょうが、たとえば、顔が地球儀のように腫れ上がって目を塞いでしまうために、とんだ怪我を呼んでしまうということなどが起こります。
今回の、私の場合も長引きました。アシナガバチに五箇所ばかり刺された日の夜にモロヘイヤを食べました。すると、それまでは何でもなかったのに、ほぼ全身にジンマシン様の発疹が出て、それが一ヶ月近く続いたのです。
ハチの毒とモロヘイヤ独特のエゴ味の二つが合わさったときに発症するのか、一方だけでもだめなように感作されてしまったのか。それを確かめるのが怖くもあり億劫でもあり、私はそれからモロヘイヤとハチの両方を敬遠するようになりました。

不思議なこと・・・

そんなことがあってから三年目の夏、赤松の下枝をおろすためにハシゴを固定しようとして幹に腕をまわしたら、アシナガバチの大きな巣を抱くような形になってしまいました。
目の前で金色がキラキラしたので、ハシゴから転落しそうなほどのけぞったのですが、額のあたりにコツンコツンと当たられました。乱暴なタッチではありません。ちょうどカワハギを釣るときの当たりのように滑らかなものでしたが、はっきりと感じられました。
右腕の内側にも外側にも、特有な形で飛ぶ姿がはっきり見え、五、六匹のアシナガバチが群がり、やはりコツンコツンと触れてきました。けれど不思議なことがあるものです。覚悟していた痛みがまったくありません。つまり一匹として刺すということをしませんでした・・・。

まず、「アシナガバチではなかったのか」と思いました。
ハチたちの威力にあやかって、ハチの擬態をものにしている昆虫は少なくありません。たとえばハナアブは針を持っていませんが、姿やいろどりばかりではなく行動もハチに似せており、捕まえらると腰を曲げて刺すようなふりをするそうです。けれども、ハチの巣に似たような巣を作ったり、集団で行動するアブの話などは聞いたことがありません。
それに私は少年のころの夏に、兄弟で飼っているのために干し草を刈る作業を何年かしており、岩やススキの株の陰に作られているアシナガバチの巣や、独特の飛び方などには充分になじんでおります。全体に身体を縦に起こし、前脚の2本を人間の幽霊のようにだらりと下げ、後ろ脚を長々と垂らしながら、ふらふらした感じで飛ぶのは、かなり目立つものです。それでいて結構な速さなのです。
私の顔に向ってきたのはアシナガバチに間違いないと判断しました。

ありそうにもないこと・・・

アシナガバチが突然変異を起こして、針を失った種族が生じたのかと考えました。けれど、餌を獲るにつけ、自分たちとその子どもたちを守るにつけ育てるにつけ、必殺の気迫を込めた針が要らなくなるはずはありますまい。
では、ハチの行動の様式が大きく変わって、針の使いどころを選ぶようになったのでしょうか。

市役所などの害虫に関する相談窓口に持ち込まれる苦情で一番おおいのが、このあたりではハチに関することだそうです。危ないから直ぐに退治してほしいという。それである季節、朝から晩まで、いろんな種類のハチに追い使われている公務員がいるわけで、針の威力はなお侮れないものがあるようです。

ハチの脳の働きが突然に変化したとします。

・・・われわれから攻撃することは、戦術として控えることにしよう。やれば、いよいよのぼせている人間に必ず根こそぎにされる。まず相手を刺さずに警告を与え、自分たちはここに居るぞということを教えるべきだ。根こそぎから逃れるチャンスが増すであろう・・・

こんなことを想像して、私は楽しくもあり、不安でもあり、いくらか落ち着かない気分になってきました。次にはどんな飛躍をこめた知性をハチたちが得るか分かりません。アリに羽の生えたものがハチであるとおおよそ考えれば、なかなか奥深いものがあるようにおもわれたことです。
ともかく私は、その夏に出会ったアシナガバチの巣には手を付けず、敬して遠ざけました。なにごとが起こりつつあるのかが見られるかもしれないと思ったからです。

その次の夏、寄せ植えのエゾ松の盆栽の手入れをしていて、似たような経験をしました。枝の混んだところに手を入れてゆくと、巣をぎっしりと取り巻いて守っている金色の一群が、異変を感じ取るとゾクリと一斉に殺気立ったのですが、「刺すな!」という強力な信号が発せられたのか、一度も針を使われることがありませんでした。それで私も巣をそのままにしておきました。
ハチも私も、すこし進化(?)しつつあるのかもしれません。そんなことを見届けるためにも、もうしばらく長生きしたいものです。

投稿者: ロウボウ

長い間たずさわってきた少年矯正の仕事を退官し、また、かなりの時が経ちました。夕焼けを眺めるたびに、あと何度見られるだろうと思うこの頃。 身近な生き物たちとヒトへの想いと観察を綴りたいと思います。

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