恐ろしかった光景 三つ


 人生の第4コーナーを廻ってから、なんと、3週間ほどの入院を要する手術を2度受けた。麻酔から醒めると襲ってくる強烈な痛みの中で、1秒1分を少しでも楽に耐える方法は無いものかとあがいた。・・・来し方のうちから、楽しかったこと三つ、美しかった光景三つ、恐ろしかったこと三つなどと、あれこれを掘り出してゆくのが最も有効だった。幼い頃のことがほとんどだった。

恐ろしかった光景 三つ

1 決壊寸前のダム
2 街道に沿って渦巻く炎
3 東日本大震災の津波

1 決壊寸前のダム

 太平洋戦争の末期。戦局が押し詰まってくると、信州信濃の山奥の木曽谷でも空襲警報のサイレンが鳴った。敵はいよいよダムを爆撃して水力発電を壊滅させようと企んでいるのだという。狭い谷間でのサイレンの繰り返しは波うち、山と谷に幾重にも反響してそれは恐ろしい咆哮になって轟いた。小学校に上がる前の幼児だった私に込み入った話は分かるはずはなかったが、恐ろしいことが近づいているという緊張にはたっぷりと晒された。

 結局、ダムは爆撃されなかった。けれど、粗雑に造られつつあったらしい溜池のようなダム(緻密に建設されればロックフィル式ダムとして合理的な技術)が、決壊しそうになった光景を見たことがある。

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楽しかったこと 三つ


人生の第4コーナーを廻ってから、なんと、3週間ほどの入院を要する手術を2度受けた。麻酔から醒めると襲ってくる強烈な痛みの中で、1秒1分を少しでも楽に耐える方法は無いものかとあがいた。・・・来し方のうちから、楽しかったこと三つ、美しかった光景三つ、恐ろしかったこと三つなどと、あれこれを掘り出してゆくのが時を稼ぐのに
最も有効だった。幼い頃のことがほとんどだった。

楽しかったこと 三つ

1 幼かった日のキャンプ
2 忘れられたトライアングル
3 高山の秘密の花園

1 幼かった日のキャンプ

 木曽谷には珍しいことだが、木曽駒ヶ岳の裾野が小さな扇状地になって西側に開けている場所がある。そこからは独峰木曽御岳をどっしりと望むことができ、その山容はアフリカ大陸の最高峰キリマンジャロを想わせる。土地の人達はこの広がりを昔から「原野(はらの)」と呼んできた。
 天然芝の広がるそこかしこに、長い間の浸蝕で角を削がれた大小の花崗岩が散らばっていて、それが恐竜や怪物が見え隠れしているように見え、白樺、楢、赤松、山桜などの林が点在し、茨や山吹などの藪の間を浅い小川が軽やかに流れていた。
 キリマンジャロが見え、怪物が潜んでいるとすれば、ここはアフリカである。町から木曽川の上流4キロほどのアフリカ。子供たちはさんざんにピグミーごっこをして遊んだ。

 今、「原野」の大部分はゴルフ場に姿を変え、瀟洒なクラブハウスも建てられている。何年か前に原野を訪れてしばらく少年の頃のことを想っていると、現れた係員に違法駐車を咎められたうえに退去を要求された。何処でも先住民は追われる定めにあるらしい。 “楽しかったこと 三つ” の続きを読む